全日本自治団体労働組合
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全日本自治団体労働組合(ぜんにほんじちだんたいろうどうくみあい、英:All-Japan Prefectural and Municipal Workers Union、JICHIRO)は日本の地方自治体職員などによる労働組合の連合体で、合同労働組合でもある。略称は自治労(じちろう)。地域公共サービス労働組合連合会の形態で日本労働組合総連合会(連合)に加盟。2008年5月29、30日に開催した中央委員会で自治労自身が発表した組合員数は2731単組90万4281人となっており、官公労の中では日本最大、民間企業労組を含めた単位産業別組合(単産)全体の中ではUIゼンセン同盟に次ぐ第二位の組合。
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概要
地方自治体の一般職員ほか、現業、公営企業、公共サービス団体、衛生・医療、社会福祉、国民健康保険連合会及び公営競技の労働者が加入している。また組織統合により合同労働組合の役割も受け持つようになった。単組では2700あまりが加入している。
地域公共サービス労働組合連合会の構成組織として連合に加盟の他、国際公務労連 (PSI) や公務公共サービス労働組合協議会(公務労協)にも加盟している。
組合歌
- 自治労組合歌(作詞: 羽柴達、作曲: 林光)
- 限りなき躍進(作詞: 但野一博、作曲: 但野一博・岡田和夫)
正式な組合歌は「自治労組合歌」だが、日本教職員組合の組合歌と同じく、知名度も歌われる機会も「限りなき躍進」の方が多いよう。
「限りなき躍進」は歌詞の中に、「我らたたかう自治体労働者」や「解放の鐘打ち鳴らすため」があり、左派色の強さが伺える。
政治との関わり
55年体制下では長らく日本社会党を支持していたが、60年代から70年代にかけて日本共産党の影響力が拡大し、総評系官公労の中でも日教組とならんで、主流派(社会党系)と反主流派(共産党系)の対立抗争が激しかった。この対立は、1989 - 1991年にかけて反主流派の大半が自治労を離脱し、全労連・自治労連を結成するまで続いた。
現在、政治的には主に民主党を支援し、相原久美子をはじめ組織内議員も送り込んでいる。東北地連に所属する県本部や北信地連、四国地連、九州地連に所属する一部の県本部、いわゆる「13県本部」では社民党を支援している。一方、自民党は、近年まで大阪市や「全国社会保険職員労働組合(旧自治労国費評議会)」で見られたヤミ専従問題に関して批判したり、2007年の参議院選挙の際には「自治労国費協議会こそが年金記録問題の根本原因である」と主張したりするなど、自治労への批判を強めている。[1]。
2001年の第19回参議院議員通常選挙では、自治労組織内候補の民主党・朝日俊弘の比例区での個人得票が約21万票、2004年の第20回参議院議員通常選挙では、同じく組織内候補の民主党・高嶋良充の比例区での個人得票が約17万票にとどまるなど、その集票力に陰りが見えたとも言われたが、2007年の第21回参議院議員通常選挙では中央執行委員(組織局次長)の相原久美子が約50万票を獲得し、民主党の比例代表候補者の個人得票としては、第1位となった。
なお、社民党の又市征治は元・富山県本部委員長という経歴にもかかわらず、長らく自治労の組織内議員という位置づけはなされていなかったが、2007年8月に岩手県で行われた定期大会において、ようやく組織内議員として認められた。
歴史
起こり
戦後、日本の自治体労組は1947年結成の日本自治団体労働組合総連合会(自治労連)の下に統一され、全日本産業別労働組合会議(産別会議)に加盟していた。だが、組織での日本共産党の勢力を排除したい産別民主化同盟(民同)系が自治労連を離脱、1949年11月28日に全日本自治団体労働組合協議会(自治労協)を組織した。1954年1月29日、この二組織は自治水協などと再統合、全日本自治団体労働組合を結成した。
自治労はかつて日本労働組合総評議会(総評)に加盟し、以来組織内での左派路線を歩んだ。
連合の結成と組織分裂
連合の結成に至る一連の流れでは組織分裂を引き起こした。共産党系勢力の徹底的な排除による連合の結成を右傾化と批判する日本共産党の影響力の強い反主流派(全国大会レベルで、約四分の一の勢力を持っていた)が、1989年3月に自治労を事実上離脱し、自治体労組全国連絡協議会(自治体連絡協)=後の日本自治体労働組合総連合(全労連・自治労連)を結成した。自治労本部は、自治体連絡協に参加した単組のうち脱退を通告してきた組織の脱退を承認、脱退通告のないまま連絡協に参加した単組を独自に「脱退と判断」して自治労から除外する事を明確にする一方、産別帰属が明確でない加盟単組を「特別組織対策単組」に指定し、権利・義務関係を凍結、期限までに明確な態度を示さない単組は自治労から脱退したとみなす(事実上の除名処分)と通告して自治労結集を迫るなど正面からの対決を選んだ。[1]
結果、29都道府県で自治労連の県本部が結成され、反主流派が主導権を持っていた自治労の7府県の本部(岩手県、埼玉県、千葉県、静岡県、愛知県、京都府、愛媛県)は一時、本部による直接の代理執行が行われるなど、機能に支障をきたしたものの、1990年3月までに全府県本部の再建を終え[2]、反主流派主導だった東京都職労で多数を制する[3]など、上々の成果を挙げたとの総括がされた。
また、「血を流してでも共産党と対決して連合に参加し、その主導権をとる」との決断を自治労執行部が行ったことが、その後の総評解散、総評系官公労の連合なだれ込みによる全的統一の実現を決定づけたと指摘されている。ただし、連合自体が民間労組、同盟系労組が主導権を握っていることもあり、組合員数で連合の15%以上を占めている割には影響力は小さいと見る向きもある。
再編の時代
1990年代頃からの労働組合の深刻な組織率低下は自治労にも波及し、組織自体は広がっても組合員数の減少は止まらず、100万人を割り込むまでに落ち込んだ。その頃、同じ自治体関連労組との組織統合が始まり、2002年9月5日には公営競技の組合である全国競走労働組合と、2006年1月1日には合同労働組合である全国一般労働組合と組織統合を果たした。
さらに、2001年には日本都市交通労働組合(都市交)、全日本水道労働組合(全水道)との組織統合の話が持ち上がった。三単産は2006年4月14日に地公三単産組織統合準備会を発足させ、完全な統合をめざしているが、それまでの過渡的な連合体として、2007年秋に地域公共サービス労働組合連合会(地域公共連合)を発足させることとした。これにあわせ、連合への加盟形態も、地域公共連合に変更している。
2008年5月に石川県輪島市で開かれた中央委員会において、三単産の統合に伴い、自治労の名称変更をも視野に入れた基本方針が、執行部から提案され可決された。2010年を目途とした組織統合の動きが加速されることになる。
不祥事
自治労と年金記録問題
詳細は全国社会保険職員労働組合#年金記録問題を参照
加盟単組のヤミ専従問題
大阪市の労組による「ヤミ専従」問題
2005年、大阪市の「大阪市職員労働組合」や「大阪市立学校職員組合」の役員が、市から給与を受け取りながら勤務をせず、自治労大阪府本部に「出勤」して組合活動をするという「ヤミ専従」をしていたことが発覚した[2]。こうしたヤミ専従が発覚したことを受け、総務省が実態調査を行ったところ、全体の13%、129人の労組役員が上部団体の自治労に出向するなど、法令に基づかない違法な組合活動を実施していたことが伝えられた[3]。「大阪市労働組合連合会」も傘下7単組を自主調査をし、(2005年から)過去3年間に不正に受給した給与総額は約1億5400万円であり、この自主調査の不正受給分は市へ返還すると発表した[4]。
また、「大阪市労働組合連合会」加盟で自治労傘下の「大阪市従業員労働組合」の分会幹部が、「ヤミ専従」や「カラ残業」をしているとして、大阪市の職員7人から公益通報を扱う外部委員会に告発をされ、市民団体「見張り番」からも、2001年以降のカラ残業代などを中心に、「大阪市従業員労働組合」分会幹部3人に給与など計7800万円余りの返還を求められ、住民監査請求をされた。監査請求書などによると、この労組の幹部3人はいずれもほとんど出勤せず、出勤しても「組合活動だ」と言って職場を出て行く状態だったにもかかわらず残業代を受け取っていたり、同僚と山登りに参加した日も帳簿上は出勤扱いになっていたと伝えられた[5]。
結果的に、大阪市の全庁調査では、公務時間内の組合活動に対し、年10億円が給与として支出されていた実態が明かされ、また条例(ながら条例)では、公務時間内に認められる組合活動として、労使の団体交渉に加え、その「準備行為」が盛り込まれており、それが次第に拡大解釈されて不正な運用の「根拠」になっていたと批判を受け、大阪市議会はこの再発防止をするため、有給の組合活動は労使の団体交渉だけに限定する条例改正を行った。[6]
全国社会保険職員労組の「ヤミ専従」問題
社会保険庁は政府の有識者会議「年金業務・組織再生会議」の要請で、2007年から過去10年間の「ヤミ専従」を含む服務規違反の実態を調査。2008年4月、その中間報告にて東京と大阪で確認されただけで計30人(内、全国社会保険職員労働組合が27人)が「ヤミ専従」をし、本来は支払う必要がない公務員給与が約9億円支払われていたことを明らかにした。「組織再生会議」では、「東京と大阪だけというのはおかしい。他の地方でもヤミ専従が行われていたはずだ」「こうした体質のまま新組織(日本年金機構)に移行すれば何の改善にもならない」などの批判が相次いだ。職員はヤミ専従問題で処分を受ければ、社保庁の年金業務を引き継ぐ「日本年金機構」に採用される可能性が低くなるとされる。社保庁は、ヤミ専従に対する給与の全額の返還を求めるほか、ヤミ専従を黙認してきた管理職らも懲戒処分などにする方針であることが伝えられた[7][8]。
こうしたことを受け、全国社会保険職員労働組合の高端照和委員長は「私も無許可専従者の1人。違法行為で国民の信頼を裏切った」と謝罪し、辞任を正式に表明した。社保労組が加盟する自治労の金田文夫書記長は「年金制度に対する信頼が揺らいでいるなかで、上部団体として責任を痛感する」と謝罪し、他の労組についてもヤミ専従を行わないよう、指導を徹底すると述べた。[9]
組織
本部組織
- 大会
- 中央委員会
- 中央執行委員会
- 財政局
- 総務報道局
- 企画局
- 国際局
- 労働局
- 組織局
- 青年部
- 女性部
- 政府関係労働組合評議会
- 政治政策局
- 健康福祉局
- 社会福祉評議会
- 衛生医療評議会
- 現業局
- 現業評議会
- 公営企業局
- 公営企業評議会
- 独立系評議会
- 監査委員会
外部、その他
- 自治労共済・自治労事業本部
地方組織
- 地区連絡協議会
(正式名称は「全日本自治団体労働組合○○地区連絡協議会」)- 都道府県本部
(正式名称は「全日本自治団体労働組合○○県本部」)- 各単位組合
- 支部・分会
- 各単位組合
- 都道府県本部
全競労評議会
全国競走労働組合(全競労)は公営競技の労働者の労働組合で、2002年9月5日に自治労と組織統合、全競労評議会を組織した。所属組合数は48。組合員の9割が女性であるのが特徴。
- 議長:竹村美也子( - 2006年8月)、菅原誠一(2006年8月 - )
全国一般評議会
全国一般労働組合(全国一般)は合同労働組合で、2006年1月1日に自治労と組織統合、全国一般評議会を組織した。所属組合員数は約3万5000人。
- 議長: 大浦弘美(2007年9月 - )
- 事務局長: 亀崎安弘
2005年12月19日、全国一般の第60回臨時大会が開かれ、同月末に組織を解散することを決定、続いて全国一般評議会の結成総会が行われ、初代の議長に浦俊治委員長を、初代の事務局長には三木茂書記次長を選出した。地方本部の統合については2008年までに順次、統合する。
地方組織
各都道府県本部が地区連絡協議会(地連)を構成している。
- 北海道地区連絡協議会
- 北海道本部
※北海道は面積が広大すぎるため、石狩・渡島檜山・後志・空知・留萌・上川・宗谷・胆振・日 高・網走・十勝・釧路根室の各地方本部(地本)があり、札幌・旭川・函館・岩見沢・釧路の各地方協議会(地方協)が組織されている
(面積的には地本が各県本部に匹敵する)
- 東北地区連絡協議会
- 青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、新潟県
- 関東甲地区連絡協議会
- 群馬県、栃木県、茨城県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県
- 北信地区連絡協議会
- 長野県、富山県、石川県、福井県
- 東海地区連絡協議会
- 静岡県、愛知県、岐阜県、三重県
- 近畿地区連絡協議会
- 滋賀県、京都府、奈良県、和歌山県、大阪府、兵庫県
- 中国地区連絡協議会
- 岡山県、広島県、鳥取県、島根県、山口県
- 四国地区連絡協議会
- 香川県、徳島県、愛媛県、高知県
- 九州地区連絡協議会
- 福岡県、佐賀県、長崎県、大分県、宮崎県、熊本県、鹿児島県、沖縄県