全国人民代表大会
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全国人民代表大会(ぜんこくじんみんだいひょうたいかい、拼音: Quánguó Rénmín Dàibiǎo Dàhuì)とは、中華人民共和国の議会(国会)で国家の憲法上の最高機関。略称は全国人大または人大、日本では全人代。
日本のマスコミでは「(日本の)国会にあたる」もしくは「日本の衆議院にあたる」(全国政治協商会議は参議院)と表現されることが多いが、共産党・国家・人民解放軍・各分野の代表によって構成される。人民代表は省級の人民代表大会が選挙によって選出し、一般国民が直接選挙するのではない[1]。日本の国会とは立法府であることと最高機関であること以外に共通点が少ない。
議事堂は人民大会堂と呼ばれ天安門広場の西端にある。大会開催中は天安門広場周辺の交通や広場への進入規制がなされる。全国人民代表大会は毎年中国人民政治協商会議と同時に開かれ、共に「両会」と呼ばれ、全国レベルの重要な政治的決定を行なう。
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[編集] 概要
全国人大を構成する機関として200人程度の委員より成る全国人民代表大会常務委員会があり主にここにおいて立法や政策の決定がなされる。委員は全国の各行政区と軍の選出する代表によって構成されほとんどが中央の中国共産党指導部と軍の将校で占められている。任期は5年である。
全国人民代表大会メンバー数は2,985人という多く、各省・直轄市・自治区の代表、軍の代表よりなる。少数民族や非共産党員も含まれているが約70%が共産党員である。
共産党か国務院から出した議案や予算を審議する。実際には議案や予算を否決することはない。
[編集] 歴代委員長(議長)
委員長、副委員長は三選禁止。
各期 | 任期 | 委員長 | 代表数 | 大会数 |
---|---|---|---|---|
1期 | 1954年5月-1959年4月 | 劉少奇 | 1226 | 5回 |
2期 | 1959年4月-1964年12月 | 朱徳 | 1226 | 4回(61年なし) |
3期 | 1964年12月-文革 | 朱徳 | 3040 | 1回(64年のみ) |
4期 | 1975年1月-1976年7月 | 朱徳(76年7月死亡) | 2885 | 1回 |
5期 | 1978年12月-1983年6月 | 葉剣英 | 3497 | 5回 |
6期 | 1983年3月-1988年3月 | 彭真 | 2978 | 5回 |
7期 | 1988年3月-1993年3月 | 万里 | 2970 | 5回 |
8期 | 1993年3月1998年3月 | 喬石 | 2978 | 5回 |
9期 | 1998年3月-2003年3月 | 李鵬 | 2979 | 5回 |
10期 | 2003年3月-2008年3月 | 呉邦国 | 2977 | 3回 |
[編集] 脚注
- ^ 一般国民が直接選挙できる人民代表は下から二級の人民代表のみでその上からは間接選挙となる。