伊豆急行100系電車
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1961年(昭和36年)の伊豆急行線開業にあわせて東急車輛製造で製造され、2002年(平成14年)まで旅客営業運転に使用していた。
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[編集] 概要
伊豆急行線は、開業時より多くの列車が伊東駅から伊東線を経由して東海道本線と直通している。そのため、グリーン車を連結している東京方面からの普通列車と合わせる必要があったことと、沿線に別荘地が多く、需要が見込めることから普通車だけではなく、グリーン車も保有していた。
また、私鉄としては唯一の本格的な食堂車も保有していた。この車両はサントリーがスポンサーとなっており、「スコールカー」と名づけられていた。しかし、国鉄伊東線内での飲食営業ができないためにわずか数年で編成から外され、伊豆稲取駅構内に留置された後、1974年にサハ191号に改造された。サハ191号は一段式下降窓を装備し、車内は転換式クロスシートを配置した。また改造当初より分散式冷房装置を搭載しており、後の更新車1000系への足掛かりとなった。
伊豆半島の観光が人気を得ると輸送力増強に追われ、幾度か増備が行われた。1964年増備分から先頭車は高運転台車へとマイナーチェンジされる(低運転台車は写真のクモハ103号を参照)などの変遷があるほか、1983年以降の中間車の先頭化改造や、後述のグリーン車(サロ)の格下げなどにより、バラエティーに富んだ形式区分となった。後年の冷房化では普通車には安価な家庭用冷房機を搭載し、冷房電源の関係から冷房使用時には元サロ車や1000系が連結された。
1986年にはグリーン車を廃止し、普通車に格下げした。代わりに1両のみであるが特別車両「ロイヤルボックス」を改造により登場させている。当初よりかつての普通列車のグリーン車扱いではなく特別車両として料金を課金されていた。また、この内装を元にして2100系「リゾート21」用の「ロイヤルボックス」は設計・製造されている。 1998年には伊豆観光キャンペーンの一環としてキャラクターである「イズノスケ」を先頭車前面、中間付随車(サハ)の側面に描いた「イズノスケ号」として運転された。
経年による老朽化や塩害による車体の腐食が進んでいたため、東日本旅客鉄道(JR東日本)から113・115系の譲渡を受け、200系として2000年7月から営業運転開始したことにより、本格廃車が開始され、2002年4月のさよなら運転と27日の定期列車をもって全車が旅客営業運転を終了した。
[編集] 機器
主電動機出力は120kW、中空軸平行カルダン駆動方式で、歯車比は5.60。更新工事の際には駆動装置の変更などが行われ、最終的に歯車比が5.63に変更され、駆動装置も静かなものになっている。
未更新車は歯車が斜歯ではなく平歯であったことから独特の駆動音が特徴であり、鉄道ファンからも注目されていた。なお最後まで残存した未更新車はクモハ121号である。
制御システムは抵抗制御で、旧・日本国有鉄道(国鉄)101系や153系で採用したCS12形を基本としたPE14形を使用している。ブレーキ方式は発電ブレーキ併用電磁直通空気ブレーキ(当初は自動空気ブレーキ)で、伊豆急線内に介在する連続急勾配区間に対応するため抑速ブレーキも装備する。また弾力的な編成運用をこなせるように、電動車は1両単位の1M方式を採用している。電動空気圧縮機(コンプレッサー)はDH25形を装備している。
台車は東急5000形のTS-301形を基本としたTS-316形で、保守費用の抑制が可能なシンプルな構造が特徴。
国鉄新性能電車を基本としているため加速度・減速度などの性能がかなり良く、乗り入れ先の伊東線での運転も全く問題なかった。
[編集] 1000系
100系電車の車体更新としては前述の更新車サハ191号の他に、普通車のみであるが車体載せ換えにより1979年に登場した1000系電車が存在した。サハ191の車体構造を踏襲しており、車内は転換クロスシートを装備し、側面窓は2連式の下降窓となった。前面は貫通式で100形最終増備車と同じ高運転台だが、窓は側面まで回りこんだパノラミック・ウィンドウとなっている。
クモハ1000形 - クハ1500形の2両固定編成で組成。1983年の第2編成登場後の増備は2100系に移行したため、2編成のみの存在となった。
100系と共に全車営業運転を終了した。
[編集] 現在
2002年4月に営業運転を終了したが、2006年現在、クモハ101号が東急車輛製造に保存されている(ただし状態はよくない)。また、事業用車として両運転台構造のクモハ103号が機械扱いで存在する。主に伊豆高原車両基地内での車両入替え牽引が中心である。