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ヘルヴォルとヘイズレク王のサガ - Wikipedia

ヘルヴォルとヘイズレク王のサガ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ヘルヴォルとヘイズレク王のサガ (ON. Hervarar saga ok Heiðreks) とは、13世紀に成立した伝説のサガ物語)である。他の何本かの古いサガから要素を取り出し、まとめたものではないかと考えられている。

ヘイズレクの娘ヘルヴォルの死。
ヘイズレクの娘ヘルヴォルの死。

このサガは、その文学的品質に加え、いくつかの理由によって価値の有るサガとみなされている。このサガには4世紀に起こったゴート族フン族との間の戦争に関する伝承が含まれており、またサガの後半はスウェーデン中世史の資料として用いられている。

また、J・R・R・トールキン中つ国の設定を構想する上で、このサガにインスピレーションを受けたといわれている。

目次

[編集] あらすじ

エルヴァル・オッド (Orvar-Odd) がヤルマール (Hjalmar) と別れを告げ合う。Mårten Eskil Wingeの作(1866年)。
エルヴァル・オッド (Orvar-Odd) がヤルマール (Hjalmar) と別れを告げ合う。Mårten Eskil Wingeの作(1866年)。

このサガはティルヴィングという剣にまつわる物語である。この剣は、スヴァフルフラーメ王 (Svafrlami) の命によってドヴェルグのドヴァリン (Dvalinn) とドゥリン (Durin) によって鍛えられたが、同時に呪いもかけられた。スヴァフルフラーメ王はティルヴィングを用いて数々の戦いに勝利するが、ボルムセ島 (Bolmsö) におけるベルセルクのアルングリム (Arngrim) との戦いで命を落とす。ティルヴィングはアルングリムの手に渡り、後に彼の息子アンガンチュール (Angantyr) のものとなる。アンガンチュールはサムス島 (Samsø) におけるスウェーデンの英雄ヤルマール (Hjalmar) との戦いで命を落とすが、同時にヤルマールも致命傷を負う。ティルヴィングは同伴していたヤルマールの友人エルヴァル・オッド (Orvar-Odd) の手によって、アンガンチュールと共に埋葬された。

ティルヴィングをその墓 (barrow) から掘り出したのは、アンガンチュールの娘ヘルヴォル (Hervor) であった。彼女は盾持つ乙女 (shieldmaiden) であり、家出したのちサムス島の父の墓に向かい、亡き父を喚び出しティルヴィングを求めた。その後ヘルヴォルは家に戻り、グレシスベリル (Glæsisvellir) 王ホーフンド (Höfund) と結婚する。

そしてこのサガは彼女の息子ヘイズレク (Heiðrekr) の物語へと続く。彼は国を追放され、ティルヴィングで兄のアンガンチュール (Angantyr Höfundsson) を殺してしまうが、ホーフンドの助言を受けながら、のちにレイドゴートランド (Reidgotaland) の王となる。あるときゲスツムブリンデ (Gestumblindi) と名乗る男がヘイズレク王の前に現れて問答をする。この男の正体はオーディンであり、ヘイズレクに死期が近いことを伝えて姿を消す。その後ヘイズレクは、カルパティア山脈で野営中に捕虜に殺される。ヘイズレクの息子であるアンガンチュール (Angantyr Heidreksson) は下手人たちを探し出して復讐を果たし、奪われていたティルヴィングを取り戻す。

ヘイズレクの息子たちであるアンガンチュールとフレズ (Hlöd) との間に、父の遺産を巡って争いが起きる。兄のアンガンチュールはゴート族の王となり、弟のフレズはフン族の王フムリ (Humli) の支援を受け兄を攻める。その戦いの中で妹のヘルヴォル (Hervor) は命を落とす。しかしフレズは敗れて、兄が手にしたティルヴィングで殺される。

その後、アンガンチュールの息子ヘイズレク・ウールヴハム (Heidhrekr Ulfhamr) はレイドゴートランド (Reidgotaland) の王となり、長きに渡ってその国を支配した。ヘイズレクの娘ヒルド (Hildr) は息子ハールヴダン (Halfdan the Valiant) をもうけ、ハールヴダンは息子イヴァル (Ivar Vidfamne) をもうける。イヴァル以下は、スウェーデンの伝説的な王 (Swedish semi-legendary kings) がフィリップ・ハルステインスソン (Philip Halstensson) まで連ねられている。しかしこの部分はおそらくサガの残りの部分を別々に寄せ集めたものであり、後世の校訂によって統合されたものではないかと考えられている。[1]

[編集] 古エッダ

このサガのある部分は、しばしば古エッダに含まれることがある[2]。たとえばヘルヴォルがアンガンチュールの霊と語る場面は『ヘルヴォルの歌』(Hervararkviða、または『アンガンチュールの目覚め』)として、またアンガンチュールとフレズの争いは『フレズの歌』(Hlöðskviða、または『フン戦争の歌』)と呼ばれている。

[編集]

『Orvar-Odd informs Ingeborg about Hjalmar's death』(インゲボルグにヤルマールの死を伝えるエルヴァル・オッド)。August Malmström の作(1859年)。
Orvar-Odd informs Ingeborg about Hjalmar's death』(インゲボルグにヤルマールの死を伝えるエルヴァル・オッド)。August Malmström の作(1859年)。

このサガは多くの写本の中に残されているが、特に大きく3つの版に分けられ、それぞれ「H版」「R版」「U版」と呼ばれている。H版とR版は犢皮紙の写本に残されていたものである。

H版とは、Haukr Erlendsson1334年没)の『ハウクスボーク』(A.M. 544, 4to) のものであり、およそ1325年頃のものである。R版とは、15世紀頃の写本『MS 2845, 4to』のことであり、この写本はコペンハーゲンのデンマーク王立図書館 (Danish Royal Library) に保管されている。U版と呼ばれている版は、ウプサラの大学図書館カロリーナ・レディヴィヴァ (Carolina Rediviva) 所蔵の『R:715』と、コペンハーゲンの大学図書館所蔵『AM 203 fol』に、それぞれ部分的に残されていたものである。この版は17世紀ごろのものであり、Villingaholt に住んでいた Síra Jón Erlendsson(1672年没)によって書かれたものである。

しかしながら、これらの資料の間にはいくつかの相違点がある。たとえばR版は最も原版に近いとされているが、しかし最初の一章と最後の部分が欠けている。その一方で、ヤルマールの死の歌を含んでいる版でもある。またR版はH版よりもU版に近い。H版はゲスツムブリンデ (Gestumblindi) についての記述で締めくくられているが、R版はちょうど12章の終わりの前で途切れている。しかしながら、H版には2つの17世紀の写し、『AM 281, 4to』(h1) と『AM 597b, 4to』(h2) があり、それらにはH版にみられるゲスツムブリンデの謎掛けの場面が残されていた。

[編集] 時代

ゴート族とフン族の戦争の要素は、1000年間伝えられてきた4世紀初頭から中頃の出来事に基づいており、時代を考察する材料となる。

その重要な時代の話であるという証拠として、このサガに登場する名前に真のゲルマン語形が認められ、ラテン語の影響を受け遠く離れてしまったいかなる形でもない、ということが挙げられる。たとえば「Grýting」(東ゴート王国、ラテン語形の「Greutungi グルツンギ」を参照)や「Tyrfing」(西ゴート王国、ラテン語形の「Tervingi テルヴィンギ」を参照)といった、ゴート族を表す名前は390年ごろ以降用いられなくなったようである。その出来事は、フン族との戦争の間にゴート族の居住地域で起きた。ゴート族の首都アールヘイマル (Arheimar) はドニエプル川に置かれ、ヘイズレク王はカルパティア山脈で亡くなり、フン族との戦いはドナウ川の平野部で行われた。神話の中でミュルクヴィズはゴート族とフン族に分割されているが、ここはどうやらマエオティアン沼沢地 (Maeotian marshes) のことのようである。

他にも、「Heidrek」(古ノルド語形「Heiðrekr ヘイズレク」)は、「Ermanaric エルマナリク」の類義語であるとされている。「heiðr」は「栄誉」を意味し、「Aírman-」(古ノルド語形「Jörmund」)は「偉大」を意味するという。一つの可能性として、ヘイズレク・ウールヴハムが歴史上のゴート族の王エルマナリク (Ermanaric) に対応するのではないか、というものがある。サガではヘイズレク・ウールヴハムがゴート族を長い間支配したとされており、一方で6世紀東ゴートの歴史家ヨルダネス (Jordanes) がエルマナリクは110年生きたと記述している。

もしそうであるならば、『ヘルヴォルとヘイズレク王のサガ』は他の資料では触れられていないゴート族の歴史の一部を反映しているのかもしれない。

[編集] トールキン

このサガには、J・R・R・トールキンの作品の読者であれば見覚えがあるような部分がいくつもある。たとえばそれはロヒアリム (Rohirrim) であり、勇敢な盾持つ乙女 (shieldmaiden) であり、闇の森 (Mirkwood) であり、魔法の剣を引き渡す亡霊が現れる墓であり、ミスリルの鎧であり、叙事詩的な戦闘であり、燃え立つ剣であり、そしてドヴァリン (Dwalin) とドゥリン (Durin) という名のドワーフたちである。

J・R・R・トールキンの末の息子であるクリストファは、1960年にこのサガを翻訳し、『The Saga of King Heidrek the Wise』(聡明なヘイズレク王のサガ)と題した。

[編集] 脚注

  1. ^ A. Hall (2005), "Changing style and changing meaning: Icelandic historiography and the medieval redactions of Heiðreks saga", Scandinavian Studies 77: at p. 14.
  2. ^ heimskringla.noより Guðni Jónsson 編『Eddukvæði』。

[編集] 参考文献

  • 『エッダ 古代北欧歌謡集』 V. G. ネッケル他、谷口幸男訳、新潮社、1973年。ISBN 4-10-313701-0
  • Tolkien: Hervarar Saga ok Heidreks Konungs. C.J.R. Tolkien (Oxford University, Trinity College). B. Litt. thesis. 1953/4. [Year uncertain]
  • The Battle of the Goths and the Huns. Christopher Tolkien, in Saga-Book (University College, London, for the Viking Society for Northern Research) 14, part 3 (1955-6), pp. [141]-63.
  • Hervarar Saga ok Heidreks. Ed. (E.O.) G. Turville-Petre. London: University College London, for the Viking Society for Northern Research, 1956; introduction by Christopher Tolkien.
  • The Saga of King Heidrek the Wise. Ed. and trans. Christopher Tolkien. London: Thomas Nelson & Sons (Icelandic Texts), 1960. [30 Jun 60]

[編集] 外部リンク


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