デュアルパーパス
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デュアルパーパス(Dual purpose)はオフロード走行を主用途としたオートバイ(自動二輪車)のうち、舗装道路(公道)での走行にも対応した区分である。この区分に重なるが更に広範囲な状況への対応を主テーマとするタイプの区分にはマルチパーパスが存在する。
本項ではデュアルパーパスとマルチパーパスの双方に関して説明する。
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[編集] 概要
デュアルパーパスは、未舗装道路であるオフロードで十分な走破性を発揮する一方で、舗装道路を意味するオンロードでも、一定の走破性を発揮するオートバイの区分である。モトクロッサーから継承した高い車体とストロークの長いサスペンションを備えるが、その一方で一般道での運用に支障がないように保安部品全般が取り付けられ、日本における道路運送車両法といったような乗用車として乗るために登録・ナンバープレートの交付を受けることが可能な車体の区分である。「デュアル」(英: dual )には日本語における「2つの」や「2重の」というニュアンスがあるが、この場合は「両方」程度の意味で使われ、デュアルパーパスとした場合には「両対応」といった意味であるが、この場合は「オフロード・オンロード両対応」の意味で使われる。
マルチパーパスはこういった「オフロードにもオンロードにも両対応する」の考えを更に拡張、「マルチ」(英: multi )の語が示すように、様々な局面で同程度に走れることを追及した車体区分である。ただし「虻蜂取らず」の慣用句が示すように、いくつもの要素を盛り込んだ結果として、それぞれの状況に専門化されたオートバイほどの走破性は期待できない傾向も見出される。
ただしラリーや長距離ツーリングなど、一台のオートバイで様々な局面に遭遇しながらそれを越えて行くような使い方に際しては、状況に応じて車体を乗り換える訳にもいかないため、こういった「虻蜂取らずな区分」にも一定の活躍の場があり、また後述するように一般道路での走行に対応して設計されていることから、個人が購入して「トレール」(意訳すると「山歩き」ないし「山越え」・トレイルランなどを参照)と呼ばれる野山のほか林道や旧道の峠道を走るような趣味の範疇で、乗用車として市販されているこれら区分の車体が利用されている。
[編集] 他の車体カテゴリーとデュアルパーパスやマルチパーパス
一般にモトクロッサーと呼ばれる不整地を走破する競技に使われるオートバイは保安部品の類がなく、公道を走行させることのできない競技用の車体であるが、これはオートバイとしての機能と構造を備えている以上、舗装された道路を走ること自体は可能である。しかしオフロードタイヤはブロックと呼ばれる四角柱のゴム製突起が整列した形状で、これは長時間の高速走行によりタイヤが熱せられてくると、簡単に突起が脱落してしまう。またオフロードバイクの多くは低速高馬力と不整地でのクッション性を重視した結果、エンジンは高速運転を続けるとオーバーヒートし易く、また柔らかいサスペンションや軽めに設定されたハンドルは直進高速走行でハンドルを固定しつづけるライダーの腕の筋肉に負担をかける。加えて競技用車体の常として燃費は余り良いとはいえないのに燃料タンクが小さいため、航続距離も短めである。
その一方で、ロードスポーツモデルのオートバイは、舗装道路でこそ自由自在に走り抜けられ航続距離もあるが、未舗装道路では余程のライディングテクニック(運転の技能)を駆使しても無理があり、ライダーの負担は計り知れない。事実上、モトクロッサーが得意とするようなオフロードでの走行は不可能と言っても過言ではない。
なお、モトクロッサーなどの競技用車体に前照灯といった保安部品を部分的に取り付けた、耐久レース的な側面のあるエンデューロレースにおいて長距離走行に対応させたエンデューロマシンも含め、これら競技用の車体ではレース場や私道以外である公道を走るには、方向指示器やブレーキランプなどを装備して、ナンバープレートの交付を受ける必要があるなど、日本における道路運送車両法といったような運用地域で定められた法規に準じた装備や仕様と登録も必要となる。
デュアルパーパスは、競技用車体であるモトクロッサーに一般的な舗装道路で走破できる汎用性を追加したもので、特にメーカーで製造される段階で公道を走る乗用車としての装備を備えているのが前提となる。全体的なシルエットはモトクロッサーの雰囲気を備えるが、各種保安部品を備え燃料タンクも増強、要所を補強して舗装道路にも対応させたエンデューロマシンにより近い。しかし市販車であるため公道走行に即した保安部品を備える以外にも、余りデリケートな設計はされず全般的な「壊れ難さ」にも対応させる上で、やや重量面でエンデューロマシンよりも軽快さが犠牲となっている。
マルチパーパスでは、更にオフロードマシンとオンロードマシンの性質をバランス良く取り入れ、あらゆる舗装道路から林道のような未舗装道路、更には自動車道でもなんでもない未整地な場所でもとりあえずの走破性を発揮するように設計されている。逆に言ってしまえばロードスポーツモデルほど車道で爽快に走り抜けることが出来ない一方で、オフロードではモトクロッサーなどオフロード専用車ほどには突破性を発揮できない区分にもなる訳だが、これはツーリングにおいては道を選ばず走破できることを意味しており、ホンダ・トランザルプのペットネームの由来となった「アルプス越え」など長距離かつ高低差の激しい、加えて積雪や崖崩れなどの悪条件をもモノともしないなどの特徴を備える。
[編集] マルチパーパスについて
マルチパーパスのデュアルパーパスとの主な違いとしては、サスペンションが固めのセッティングであることや足つきの良さ、また4ストロークエンジンを採用することで高トルクより燃費と耐久力を重視した設計・設定などが特徴的で、加えて長距離を走る上で重視される際立って大きめの燃料タンクなども特徴のひとつである。いわゆる「ビッグトレール」や「アルプスローダー」と呼ばれヨーロッパ市場で人気を集める大排気量マルチパーパスマシンでは、燃費の良い4ストロークエンジンを備えてなお、オートバイ一般の実に2倍近い20リットルを超える燃料タンクを備える。またタイヤはエンデューロレースの舗装道路用タイヤが選択され、こちらはブロックパターンが高速舗装道路走行に特化したものが利用される。
これ以外にも、エンデューロマシンが必要最低限の保安部品として小型の前照灯を備え、しばしばデュアルパーパスマシンもこれに倣って小型前照灯で済ますことがあるところを、マルチパーパスマシンでは大型大光量のものを備え、夜間の高速走行でも遠くまで明るく照らせるようになっているなどの違いも見られる。またモトクロッサーでは泥除けフェンダーは異物が挟まらないようタイヤから離して設置され、泥跳ねを捉えるよう長く幅広いことから空気抵抗も大きく高速走行性に反するが、マルチパーパスではしばしばロードスポーツモデルに準じた小型でタイヤに沿った、空力特性を重視したフェンダーが採用されている。
ただしデュアルパーパスマシンとマルチパーパスマシンの区別は絶対ではなく、その境界は曖昧である。デュアルパーパスを掲げたオートバイでも大光量前照灯を備える車種も少なくないほか、デュアルパーパスマシンにオンロードタイヤを履かせるユーザーもいる。オートバイ用語の解説書によっても、その区分はやや曖昧な模様である。例えば、デュアルパーパスに区分されるヤマハ発動機の人気車種「ヤマハ・セロー」などでは、基本シルエットはモトクロッサーのそれに近しいが、エンジンやギア設定の特性および細部装備は競技車両のオフロードを攻めるような攻撃的なものではなく、むしろ「未舗装道路を(舗装道路におけるロードスポーツのように)快適に走り抜ける」という独自コンセプトを掲げ、極めておとなしいものとなっている(これに類するものは「トレール」とも区分される)。
なお、日本では1990年代より街乗りバイク(シティコミューター)としてのオートバイ市場で「ヤマハ・TW」シリーズのようにデュアルパーパスやマルチパーパスよりも、更に市街地舗装道路で乗ることを重視した車種が青少年層を中心に人気を集めており、控えめの排気量に軽量の車体・低いシートポジションに足つきの良さで、またオフロード車種の多くが低速高トルク(スタートが軽くエンストを起こし難いなどの特徴を備える)を重視しているのを継承しており、信号によるストップアンドゴー(停車と発進の繰り返し)の多い環境での利便性をアピールしている。これらでは、街乗りバイクとしてのファッションにも対応、様々なドレスアップが可能ともなっており、サードパーティー製パーツを含め様々な部品が供給されている。
[編集] 該当車種
本節では特にマルチパーパスとデュアルパーパスを区別せずに扱う。
[編集] 本田技研工業
- AX-1
- 本田技研工業より1987年に発売されはじめた日本製マルチパーパスモデルの先駆的存在で、オフロードマシン開発チームが「理想的なオンロードマシン」として計画した経緯を持つ。独特のカウリングに2灯式前照灯を備えたスタイルは幾度かのモデルチェンジを経て継承されつづけた。兄弟車種にはNX125も存在するが、こちらは明確な日本国内市場を築けずに姿を消している。
[編集] ヤマハ発動機
- TDR250
- ヤマハ発動機が1988年より発売し始めたデュアルパーパスマシン。ファラオラリーで1987年に優勝したレースマシンをモデルとしているため、2サイクルエンジンを採用するなどエンデューロマシンとしての性質を色濃く残すが、並列2気筒エンジンは安定したパワー特性で、実用域での扱い易さを重点とした設定がなされている。小排気量の小型化したモデルもあり、幅広いユーザー層に対応している。
[編集] スズキ
- スズキ・SP370
- スズキが1978年に発売した車体。後のデュアルパーパスそのものとして開発された車種とは違い、ダートコースを疾走するスクランブラーとして開発されたもので、第二次世界大戦後の暫らくの間はモトクロス競技がまだ日本国内でスタイルとして定着しておらず、ロードスポーツモデルをダートコースに対応するために軽量化してサスペンションを強化しタイヤをオフロード用に変えたものを使うオフロードオートバイレースを「スクランブルレース」と称していた。これに由来する同車はスクランブラーとして開発された市販車ではあったものの、公道走行も十分可能であった。
[編集] 川崎重工業
- KLE400
- ロードスポーツマシンGPZ400Sのエンジンをモデファイして搭載するという400ccクラス2気筒エンジンは安定した高速特性を発揮、外見的なエンデューロマシンとしての雰囲気とは裏腹に、未舗装道路ですらオンロードと変わりない安定した走破性でライダーにストレスを感じさせないという性質を発揮する。幅広く高ポジションのシートは乗る者の体格を選ぶ性質はあるが、マルチパーパスモデルとして、より長距離ツーリングに向いた巡航性重視の構成となっている。
[編集] その他
- ムルティストラーダ
- ドゥカティが発売しているデュアルパーパスモデル。イタリア語の「多様な道」に由来する車名に違わずあらゆる道を走破する性能が与えられ、流石に大排気量マシンであるために道の無いオフロードをエンデューロマシンのように軽快に突破する性能こそないが、未舗装道路や石畳の古道なども多いヨーロッパでも道を選ばない。ヨーロッパでは特に地方などに未舗装道路が多く、国境越えを含む長距離ツーリングに於いてデュアルパーパスマシンの需要は高く、日本メーカーも例えばスズキのDR-BIG(別名「ファラオの怪鳥」)のような輸出仕様車を投入している。
[編集] 関連項目
[編集] 参考書籍
- 『ライダーのためのバイク用語辞典』(監修:加藤隆夫・CBSソニー出版)ISBN 4-7897-0040-2
- 『ツーリング図鑑』(編集:アウトドアライダー編集部・ミリオン出版)ISBN 4-88672-098-6
- 『BIKE徹底比較テスト'91』(編集:アウトライダー編集部)