コウ
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コウ(劫)は囲碁のルールの一つ。「劫」とは仏教における非常に長い時間を指す語であり、そのように永遠に対局が続くことを防止するルールである。
黒が白1子をアタリにしており次に黒が△の地点に打てば白石を取る事が出来る。
しかしその直後、白もやはり黒1子をアタリとしており□の地点に打てば黒石を取る事が出来る。
このように、アタリとなっている石を取ると逆にアタリが発生し、またすぐに相手に石を取られてしまうような状況では、両者がこの手を繰り返している限り永久に対局が終わらない。そのため以下のような特別ルールを設けている。
“対局者の一方がコウの一子を取った場合、もう一方は他の部分に一手打たない限りはコウの一子を取り返す事は出来ない。”
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[編集] コウ材
どちらがつぐか、とるかによって形勢に大きく影響するような価値の大きなコウがしばしば発生する。すると、上述のルールに絡んで、コウを巡る複雑な戦いが生じる。これをコウ争いという。コウの部分を連打することを、コウに勝つという。コウに勝ったから全体の形勢が良くなるというものでもない。
コウ争いにおいて、コウに勝ちたい場合は、上述のルールにおいて別のところに打った着手に相手が手抜きできないようにしなければならない。このような相手が手抜きできないような手のことをコウ材またはコウダテという。
コウダテに手を抜いてコウに勝つことを目指すか、コウを譲って他で得をするかは全局的な形勢判断のもとに決められなければならない。こうしたコウをめぐる駆け引きは囲碁の醍醐味の一つである。
┠┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┨ ┠┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┨ ┠┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼○┼┨ ○○○╋┼┼┼┼┼╋┼┼┼○○╋┼┼┨ ○★○○○┼┼┼┼┼┼┼●b●●┼┼┨ ●a●●○┼┼┼┼┼┼┼┼c┼┼┼┼┨ ┗●┷●○┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┷┛
黒が★にコウを取った場面。白はaにすぐ取り返すことができないため、bに「コウダテ」を打つ。黒はここでコウダテに手を抜いてaにツゲば左下の黒は生きだが、その代わり白にcへ連打され、右下が破られる。右下と左下どちらが大きいか、他に黒がもっと有効なコウ材をたくさん持っているかなどを考え合わせ、コウダテに受けるかコウを解消するかを決定する必要がある。
[編集] 死活をめぐるコウ
┠┼┼┼┼┼┼┼ ┠┼●┼┼┼┼┼ ┠┼●┼┼┼┼┼ ┠┼○●┼┼┼┼ ┠┼○●┼┼┼┼ ┠○a○●┼┼┼ ┗b○●c┷┷┷
星から小ゲイマにシマった形に、白が三々入りしてできる形。黒からならaにコウを取って、bに抜けば隅を取れる。白からならcに打ち抜けば隅を大きく生きられる。実戦ではこうしたコウを仕掛けるタイミングが重要になる。
[編集] 攻め合いにおけるコウ
┯┯┯○●a●○●┯ ┼┼┼○●●○○●┼ ┼┼┼○●b○○●┼ ┼┼┼○●●○○●┼ ┼┼┼┼○○●●●┼ ┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
白がaとコウを取ってbに打ち抜くか、黒がコウに勝ってbと白を打ち上げるかの生死を賭けたコウ。コウのついた攻め合いの場合、外ダメを完全に詰め合ってから最後にコウを取る手順が正しい。
[編集] コウのいろいろ
[編集] ヨセコウ
┯┯┯○●a●○c┯ ┼┼┼○●●○○●┼ ┼┼┼○●b○○●┼ ┼┼┼○●●○○●┼ ┼┼┼┼○○●●●┼ ┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
上図の場合白からはaに取ってbに打ち抜けばコウ勝ちだが、黒からは白のコウダテに手を抜いてcに詰め、さらにコウを勝ち抜いてbに打ち抜かねばならない。このように一方が手を詰める必要のあるコウを「ヨセコウ」と呼ぶ。一手詰めなければならない場合「一手ヨセコウ」、二手であれば「二手ヨセコウ」と称する。cに詰めて両者とも一手で解消できる状態になったコウは「本コウ」と称する。
[編集] 両コウ
┯┯┯○●a●○●┯ ┼┼┼○●●○○●┼ ┼┼┼○●┼○○●┼ ┼┼┼○●●○○●┼ ┼┼┼○●○b○●┼ ┼┼┼○●●○○●┼ ┼┼┼○○●●●○┼ ┼┼┼┼┼○○○○┼ ┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
上図のような場合、白がaに取ると黒はbに取り返すことができるため、どちらも全体が取られることがない。このため双方ともセキ生きとして扱われる。両コウセキができると三コウ(次項)の可能性が高くなる。
┯○●a●○b○d ┼○○●┼●○○● ┼┼○●●●○●c ┼┼○○○○●●┨ ┼┼┼┼┼┼┼┼┨ ┼┼┼┼┼┼┼┼┨
こうした形の場合は白がaに取ると黒がbに取り返せるため、白から黒全体を取る手段はない。逆に黒はc、dと詰めれば最終的には白を取れるため、このまま白が取られという扱いになる。ただしこの場合白は無限のコウ材を持つことになるため、他でコウが発生した場合黒には大きな負担になる。「両コウ三年のわずらい」という格言はこれを指す。
[編集] 三コウ
コウは「永久に対局が終わらないこと」を防止するためのルールではあるものの、盤上に同時に3箇所以上コウが発生した場合には、この3箇所を順に打っていけば、やはり永久に対局が終わらない。そこでこのように3箇所にコウが出来、両対局者が譲らない場合には「無勝負」とし打ち直しとなる。この3箇所のコウを三コウと呼ぶ。
図は黒A、白B、黒C、白A……と順番にコウを取っていけば永遠に対局が続くことになる。四コウ、五コウ……なども考えられ、これらも無勝負となる。
[編集] 二段コウ
┯┯┯┯┯┯a○● ┼┼┼┼●○○●b ┼┼┼┼●○●c● ┼┼┼┼●○●●d ┼┼┼┼●●○●┨ ┼┼┼┼┼┼○○┨
この形では黒はaに打ち抜けば勝ちだが、白からはまずbのコウに勝ってcに取り、ここでもコウを勝ち抜いてdに打ち上げて初めて勝ちとなる。こうしたケースを二段コウと呼ぶ。
[編集] 万年コウ
┯┯○●┯○a○ ┼┼○●b○○● ┼┼○●●●●● ┼┼○○○○○○ ┼┼┼┼┼┼┼┨ ┼┼┼┼┼┼┼┨
この形ではaに白がツゲば全体がセキだが、黒から解消しようと思うとまずaに取り、次いでbに詰めて決死のコウを挑まねばならない。白は他のコウ材の具合によってはbに詰めて比較的負担の軽いコウに持ち込むこともでき、選択権は白が持つ。こうした形を「万年コウ」と呼ぶ。どちらからもコウを仕掛けず終局した場合は、白がaにツイでセキとして終了する。
[編集] その他のコウをめぐる用語
- 花見コウ……一方は負けても大した被害がないが、一方は大損するようなコウのこと。
- 天下コウ……コウに勝った方がその局を制するような、非常に大きなコウのこと。大劫(タイコウ)と呼ばれる事も。
- 半コウ……コウに勝っても負けても周辺の石には影響がなく、勝った方が一目得するだけのコウのこと。二手かけて一目得するだけであるためこう呼ばれる。一局の最後に争われる。
- 損コウ……コウ材を打ち、相手が受けることによって自分が損をするようなコウ材のこと。「損なコウ」ではなく「損なコウ材」の意味で用いられる。どうしてもコウに勝ちたい時は損コウを打つしかないが、その分コウの価値は下がることになる。
- 無コウ……手を抜かれても何も手がない、無効なコウ材のこと。単語の中の「コウ」は「コウ材」の意味で用いられている。
- 超コウルール……三コウなどの無勝負を避けるため、盤面全体の同形反復を禁止するルール。
[編集] コウをめぐる事件・エピソード
- 織田信長が寂光寺にて日海と鹿塩利玄の勝負を観戦した折、三コウが現れ無勝負となった。ところがその夜本能寺の変が起き、信長は明智光秀に討ち取られた。このことから、以後三コウは不吉の前兆とされるようになった。ただし残された棋譜には三コウになりそうな場所はなく、後世の作り話である可能性が高い。なお三コウはルール上の珍形の中では最もよく出現し、プロの対局でも数十例が記録されている。趙治勲は三コウ・四コウ無勝負を4回経験している。
- 1928年秋の大手合で、瀬越憲作七段対高橋重行三段(二子)の対戦で万年コウが発生した。形勢は大差で瀬越が優勢であったが、高橋はコウをツイでセキにしようとせず終局まで頑張ったために問題が発生した。あれこれと論争が起こり、大手合が中断するほどの騒動となったが、結局本因坊秀哉が「両勝ち」の判定をして収まった。この事件が契機となってルールの成文化が叫ばれるようになり、1949年に「日本棋院囲碁規約」が制定されることとなった。
- 1960年の第15期本因坊戦七番勝負第6局では、本因坊の高川秀格が無コウを打ち、挑戦者藤沢秀行がこれに気づかず受けてしまうというハプニングが起きた。これに気づいた藤沢は、まだ形勢は悪くなかったのに腐って悪手を連発して敗れ、高川に本因坊9連覇を許すこととなった。
- 1980年の名人戦七番勝負第4局では、挑戦者の趙治勲がコウを立てる番であったかわからなくなり、記録係に「僕の取り番だっけ?」と確認。記録係は思わず「はい」と誤答してしまったため、趙はコウダテせずにコウを取り返してしまい事件となった。結局立会人裁定で無勝負となったが、これ以後記録係は質問に答えなくてよいとルールに定められた。
- プロの対局の反則では、コウダテをせずにコウを取り返すケースが最も多い。タイトルマッチでは、1971年のプロ十傑戦で石田芳夫が梶原武雄との決勝五番勝負第3局で、また1997年の天元戦五番勝負第3局では、挑戦者の工藤紀夫がコウダテをせずにコウを取り返すという反則があった。