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エヴォラ - Wikipedia

エヴォラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

エヴォラ
所属する県 エヴォラ県
面積 1,307 km²
人口 55,619人
人口密度 43人/km²
所属する教区数 31
都市の休日 6月29日
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エヴォラ歴史地区
ポルトガル

エヴォラ大聖堂のファサード
エヴォラ大聖堂のファサード
(英名) Historic Centre of Évora
(仏名) Centre historique d'Évora
登録区分 文化遺産
登録基準 文化遺産(2),(4)
登録年 1986年
拡張年
備考
公式サイト ユネスコ本部(英語)
世界遺産テンプレートを使用しています


エヴォラ (Évora) はポルトガル南東部アレンテージョ地方にある町である。人口は、55,619人。面積は、1307.0平方キロメートルであり、スペイン国境に近い。

旧市街は1986年に、ユネスコ世界遺産に「エヴォラ歴史地区」の名で登録された歴史ある街である。ローマ帝国時代からアレンテージョ地方の中心地として栄え、ルネサンスの時代には、大学もおかれた学芸の都でもある。1584年9月には、伊東マンショらの天正遣欧少年使節が立ち寄った街でもある。

目次

[編集] 歴史

[編集] ローマ時代

アレンテージョ地方は、タホ川(ポルトガル語では、テージョ川)の南に広がる平野地帯であり、エヴォラは、河口に位置するポルトガルの首都リスボンより東に約130㎞の所に位置している。旧市街の史跡の保存状態も良く、UNESCOの世界文化遺産に登録された。

エヴォラの歴史は、ドウロ川以南のポルトガル及びスペインのエストレマドゥーラ州に居住していたイベリア半島の先住民族であるルシタニア人(en:Lusitanians)が建設したことに始まる。彼らによって、アレンテージョ地方の首都として機能をエヴォラは持つこととなった。

紀元前57年、エヴォラは、共和制ローマの支配下に入った。これ以降、エヴォラは2重の城壁を持った町へ発展を遂げた。ガイウス・ユリウス・カエサルは、エヴォラの町を「Liberalitas Julia(肥沃なるジュリア)」と呼んだ。町の成長は、エヴォラが交易路の交差点であったことからも続き、ガリアルシタニアを旅行した博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(大プリニウス)も、エヴォラを訪問し、著書『博物誌』に「Ebora Cerealis」として、記述した。その記述によると、当時のエヴォラは、周囲を小麦畑で囲まれていたことが分かる。また、エヴォラの繁栄は、この当時に多く発行されたコインでも明らかである。町の中心部には、コリント様式の神殿が建立され、ローマ初代皇帝アウグストゥスが祀られた。

[編集] ローマからイスラームへ

4世紀になると、エヴォラにもキリスト教が浸透し、司教座を持つようになった。その名前は、クインティアヌス(Quintianus)と呼ばれた。

民族移動時代の間、エヴォラは、西ゴート族の領土となった。エヴォラの地位は、聖堂を持つ都市へと昇格していた。とはいえ、この時代の建造物は多く残されていない。

715年、ターリク・イブン・ズィヤード率いるムーア人が、エヴォラを征服した。イスラームの統治は、1165年にまで及んだが、エヴォラはゆっくりとではあるが、繁栄を取り戻していった。エヴォラは要塞とモスクを持つ町となり、この地方の農業の中心地となった。エヴォラの町の特徴は、ムーア人の影響を受けている。

[編集] レコンキスタ以降

1165年9月、ジェラルド豪胆王(pt:Geraldo Sem Pavor)の攻撃を受けた。翌年、エヴォラは、アフォンソ1世の統治下に入った。その後、15世紀にかけて、ポルトガルは経済的繁栄を築くが、ブルゴーニュ王朝アヴィシュ王朝の時代を通して、ポルトガル国王はエヴォラに滞在することが多く、邸宅や記念碑、宗教的建築物が建設された。エヴォラでは、王族の結婚式が行われ、また、重要な決定もしばしば行われた。

特に、アヴィシュ王朝時代、とりわけマヌエル1世ジョアン3世が統治した15世紀後半から16世紀の前半にかけて、エヴォラはルネサンスの中心となり、フランス人彫刻家のニコラ・シャントレーヌ(en:Nicolau Chanterene)やポルトガルの戯曲の父であるジル・ヴィセンテ(en:Gil Vicente)といった芸術家が集まった。

エヴォラは、1540年に大司教座に昇格した。1559年には、イエズス会によってエヴォラ大学が創設された。イエズス会の影響の下、エヴォラは対抗改革の中心となり、スペインのクエンカで生まれたルイス・モリーナ(en:Luis Molina)などが、ここで宗教教育を受けた。

1759年ポンバル侯爵がイエズス会をポルトガルから追放し大学が閉鎖されると、エヴォラは徐々に衰退していった。(なお、エヴォラ大学は1973年に再建された。)

多くの芸術家によって、たくさんの建物がエヴォラの地に建設された。現存する建築物の様式は多様性に富んでおり、ロマネスク建築ゴシック建築、マヌエル建築、ルネサンス建築バロック建築と様々である。

現在、歴史地区の範囲は1.05平方㎞であり、約4000の建物がある。

[編集] 世界遺産

UNESCOのリストによると32の物件によってエヴォラ歴史地区が構成されている。以下にその一部を記す。

[編集] 主な世界遺産物件

  1. アグア・デ・ラプラタ送水路(Água de Prata Aqueduct)--1531年から1537年にかけて、ジョアン3世の手によって建設された送水路。ベレンの塔を設計したフランシスコ・デ・アルーダが9㎞に及ぶ送水路を設計した。この送水路は、ジラルド広場が終点である。
  2. エヴォラ大聖堂(Cathedral of Évora)--1280年から1340年の間に主に建設されたエヴォラの誇る大聖堂。1335年頃に作られた使徒の像を伴った入り口と美しい教会堂の身廊(en:Nave)と回廊を持つ。(十字形教会堂の左右の)翼廊のチャペルの1つは、マヌエル様式であり、メイン・チャペルは、バロック様式である。また、パイプオルガンと聖歌隊用の部屋はルネサンス様式である。
  3. エス・ブラス・チャペル(S. Brás Chapel)--1480年に建設されたムデハル建築とゴシック建築が融合した一例である。
  4. サンフランシスコ教会(Saint Francis Church)--15世紀の終わりから16世紀の初めにかけて建設されたゴシック様式とマヌエル様式が混合した建築物である。長い身廊は、ゴシック建築末期の傑作である。多くのチャペルがバロック様式で装飾されている。
  5. ヴァスコ・ダ・ガマ邸宅(Palace of Vasco da Gama)--1519年から1524年の5年間、ヴァスコ・ダ・ガマは、エヴォラに滞在していた。マヌエル様式の回廊とルネサンス様式の絵画が現存してる。
  6. カダヴァル公爵邸(Palace of the Dukes of Cadaval)--14世紀に出来た建築物で、17世紀にファサードは改装されている。
  7. ロイオス教会(Lóios Convent and Church)--ディアナ神殿の隣にある15世紀に建築された教会。教会と回廊はゴシック様式を採用し、内壁はアズレージョ(en:Azulejo)と呼ばれるタイルワークで飾られている。
  8. Ladies' Gallery of Manuel I's Palace--マヌエル1世によって建てられた邸宅。ゴシック様式とルネサンス様式が融合した建物であり、ヴァスコ・ダ・ガマがここで、インドへの航海を任命されたと伝えられている。
  9. ディアナ神殿(Roman Temple)--前述の通り、1世紀に皇帝アウグストゥスを祀るために作られた神殿である。
  10. エヴォラ大学(University of Évora)--前述の通り、1559年に建設されたイエズス会の神学校を起源とする。16世紀のマニエリスムの教会と17世紀から18世紀にかけて建設された巨大な回廊がある。
  11. ルネサンス時代の泉(Renaissance fountain at Largo das Portas de Moura)--1556年に作られたルネサンス様式の泉。
  12. ジラルド広場(Giraldo Square)--街の中心部であり、ドゥアルテ1世が建設したゴシック建築の建築物が現存している。
  13. アルメンドレス環状列石遺跡(en:Cromeleque dos Almendres)--エヴォラから15キロメートルのところにある巨石記念物
  14. ザンブジェイロ巨石遺跡(en:Anta Grande do Zambujeiro)--エヴォラから10㎞のところにある支石墓

[編集] 世界遺産登録基準

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

  • (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

[編集] ギャラリー


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