世界遺産
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世界遺産(せかいいさん)とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて、世界遺産リストに登録された遺跡や景観そして自然など、人類が共有すべき普遍的な価値をもつものを指す。
目次 |
[編集] 分類
- 文化遺産
- すぐれた普遍的価値をもつ建築物や遺跡など。
- 自然遺産
- すぐれた価値をもつ地形や生物、景観などをもつ地域。
- 複合遺産
- 文化と自然の両方を兼ね備えるもの。
- 危機にさらされている世界遺産(危機遺産)
- 後世に残すことが難しくなっているもの。
[編集] 歴史
1960年代、エジプトでナイル川流域にアスワン・ハイ・ダムの建設計画が持ち上がった。このダムが完成すると、ヌビア遺跡が水没する危機が懸念された。これを受けて、ユネスコが、ヌビア水没遺跡救済キャンペーンを開始。世界の60ヶ国の援助により、技術支援、考古学調査支援などが行われた。ヌビア遺跡内のアブ・シンベル神殿の移築が行われ、これがきっかけとなり、開発から歴史的価値のある遺跡、建築物、自然等を国際的な組織運営で守ろうという機運がうまれた。
1972年11月16日、ユネスコのパリ本部で開催された第17回ユネスコ総会で、世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)が満場一致で成立。1973年、アメリカ合衆国が第1番目に批准、締結。20ヶ国が条約締結した1975年に正式に発効した。
1978年に、アメリカのイエローストーンや、ガラパゴス諸島など12件(自然遺産4、文化遺産8)が第1号の世界遺産リスト登録を果たす。
日本は、先進国では最後の1992年に世界遺産条約を批准した。同年の9月に125番目の加盟国となった。
[編集] 世界遺産リスト登録までの流れ
登録を求める地域の担当政府機関が候補地推薦・暫定リスト提出 | |
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ユネスコ世界遺産センターが評価依頼 | |
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文化遺産候補は国際記念物遺跡会議(ICOMOS)が現地調査し報告 | 自然遺産候補は国際自然保護連合(IUCN)が現地調査し報告 |
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ユネスコ世界遺産センターが登録推薦を判定 | |
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世界遺産委員会で最終審議 | |
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正式登録 |
登録されるためには、「顕著で普遍的な価値」をもつことが前提となる。また、以下に示した世界遺産登録基準を、少なくとも1つは満たしていると判断される必要がある。また登録された後、将来にわたって継承していくための、保護や管理がなされていることも必要である。
登録後、保全状況を6年ごとに報告し、世界遺産委員会での再審査を受ける必要がある。
日本の場合、文化遺産候補は文化庁、自然遺産候補は環境省、林野庁が主に担当する。これに文部科学省、国土交通省などで構成される世界遺産条約関係省庁連絡会議で推薦物件が決定される。推薦物件は、暫定リストとして、外務省を通じユネスコに提出される。
なお、世界遺産リストへの推薦は、各国の関係機関しか行うことは出来ない(危機遺産リストへの登録の場合は、きちんとした根拠が示されれば、個人や団体からの申請であっても受理されることがある)。
[編集] 暫定リスト
暫定リストは、世界遺産登録に先立ち、各国がユネスコ世界遺産センターに提出するリストのことである。原則として、文化遺産については、このリストに掲載されていないものを、世界遺産委員会に登録申請することは認められていない(バムとその文化的景観のように不測の事態によって緊急で登録する必要性が認められた場合には、暫定リスト登録を飛び越えて正式登録が認められる場合がある)。
暫定リストは、あくまでも各国が5年から10年以内をめどに世界遺産委員会への登録申請を目指すもののリストであって、世界遺産委員会がその「顕著で普遍的な価値」を認めたものではない(現在暫定リストに掲載されているものには、ICOMOSが登録延期や非登録を勧告し、既に一度世界遺産委員会で登録見送りが決議されたものもある)。
世界遺産委員会は、条約締結各国に対して、暫定リストへの掲載に当たっては、その遺産の「顕著で普遍的な価値」を厳格に吟味することや、保護活動が適正に行われていることを十分示すように求めている。
また、委員会は、暫定リスト作成では、まだ登録されていないような種類の物件に光を当てることや、世界遺産を多く抱える国は極力暫定リストを絞り込むことなどを呼びかけており、後述の「登録物件の偏り」を是正するための一助とすることを企図している[1]。
[編集] 世界遺産登録基準
[編集] 文化遺産
- (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
- (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
- (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
- (5) 特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落または土地利用の際立った例。
- (6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
[編集] 自然遺産
- (7) ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。
- (8)地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。
- (9)陸上、淡水、沿岸および海洋生態系と動植物群集の進化と発達において進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。
- (10)生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには科学上または保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。
[編集] 複合遺産
- 自然遺産と文化遺産の登録基準
[編集] 負の世界遺産
戦争や人種差別など人類の犯した罪を証明するような物件も世界遺産に登録されている。明確な定義付けがされているわけではないが、これらは別名負の世界遺産と呼ばれている。アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所、原爆ドーム、トリニダード、奴隷貿易の拠点であったゴレ島、マンデラ大統領が幽閉された島ロベン島などである。また、タリバン政権によって破壊されたバーミヤン遺跡も負の遺産と見なされている。
[編集] 課題
[編集] 種類と地域の偏り
第31回世界遺産委員会(2007年)終了時点で、世界遺産は851件登録されているが、その内訳は文化遺産660件、自然遺産166件、複合遺産25件である。一見して明らかな通り、文化遺産の登録数の方が圧倒的に多く、地域的にはヨーロッパの登録数が突出している。
また、イタリア(41件)、スペイン(40件)、中国(35件)、ドイツ(32件)、フランス(31件)など非常に多くの物件が登録されている国がある一方で、世界遺産条約批准184か国中、1件も登録物件を持たない国が44か国ある(数字はいずれも第31回委員会終了時点)。
こうした内容的・地域的な偏りを是正するために、世界遺産委員会では様々な試みが行われている。2004年から具体的な作業が行われている「顕著で普遍的な価値」の再定義や、暫定リスト作成時点で、偏りをなくすような適切な選択がなされるように働きかけていくことなどがその例である[2]。
[編集] 上限
世界遺産の登録数に上限は設けられていない。しかし、ユネスコ事務局長松浦晃一郎は、モニタリングの制約などから、個人的見解に基づくひとつの目安として1000件という数字を挙げたことがある[3]。
なお、現在、1回の委員会での審議数には上限が設けられている。かつてはナポリで開催された第21回委員会(1997年)でイタリアの世界遺産が10件登録されたこともあったが、現在は1回の委員会で各国が推薦できるのは1件だけである(自然遺産を含む場合は2件可能。また、過去に1件も登録されていない国はこの限りではない)。また、全体の審議物件総数は45件までとされている。審議数の上限については、様々な意見が出ているため、年々修正が加えられている。
[編集] 保全活動
世界遺産の登録は、景観や環境の保全が義務付けられるため、周辺の開発との間で摩擦が生じることがある。第28回から第30回まで3年にわたって、大きな論点になったケルン大聖堂などはその好例である。この件では、近隣での高層ビル建設による景観の破壊が問題となった。似たような例では、ドレスデン・エルベ渓谷は世界遺産リストからの抹消が継続審議中である。
[編集] 観光地化
世界遺産に登録されることは、周辺地域の観光産業に多大な影響がある。 白川郷、五箇山では、登録後に観光客数が激増した。一方でそれにともなう摩擦もある。世界遺産の公共性を曲解した一部観光客が住民の日常生活を無遠慮に覗き込むなどのトラブルも発生している[4]。 また、観光地化を目的として世界遺産に認定してもらおうという動きが少なくとも日本においてなされており、それが長年に渡って世界遺産認定を目指している鎌倉で2007年11月に神奈川県職員の公文書偽造という事件となって表面化した。また観光地化することで保全の妨げになってしまうなど、世界遺産の意義が問われている。そのため、世界遺産認定に反対する人も存在する。
[編集] 抹消
2007年、世界遺産委員会はオマーンのアラビアオリックスの保護区を世界遺産から削除した。オマーン政府が資源開発のために保護区規模の縮小を決定したことから「顕著な普遍的価値」が失われたと判断したためである。アラビアオリックスは1996年には450頭が確認されていたが、2007年には65頭にまで減少している。
[編集] 登録されている世界遺産の一覧
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 『世界遺産年報』各年版
- ^ 以上は『世界遺産年報』各年版(特に2005年版から2007年版)に基づく。
- ^ 佐滝剛弘『旅する前の「世界遺産」』文春新書、2006年
- ^ 世界遺産シンポジウムでの報告(『世界遺産年報1998』p.35)
[編集] 外部リンク