イオー・ジマ (LHD-7)
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艦歴 | |
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発注 | 1995年2月28日 |
起工 | 1997年12月12日 |
進水 | 2000年2月4日 |
就役 | 2001年6月30日 |
母港 | バージニア州ノーフォーク |
性能諸元 | |
排水量 | 40,530 トン |
全長 | 844 フィート (257 m) |
全幅 | 110 フィート (34 m) |
吃水 | 30 フィート (9.1 m) |
機関 | ウェスティングハウス式蒸気タービン 二機二軸 |
最大速 | 22 ノット(41 km/h) |
航続距離 | 9,500浬(18ノット時) |
乗員 | 士官73名、兵員1,009名 |
兵装 | RIM-7 シースパロー艦対空ミサイル ローリング・エアフレーム・ミサイル ファランクスCIWS 12.7mm 機銃 25mm 機関砲 |
艦載機 | ヘリコプター 30機 AV-8B ハリアー II 6-8機 |
モットー | Uncommon Valor |
イオー・ジマ(USS Iwo Jima, LHD-7)は、アメリカ海軍の強襲揚陸艦。ワスプ級強襲揚陸艦の7番艦。2005年2月から第2艦隊旗艦を務める。艦名は第二次世界大戦の激戦地であった硫黄島に因んで名付けられた。
[編集] 艦歴
イオー・ジマは1996年9月3日にリットン・インガルス造船所で造船準備が始まり、1997年12月12日に起工される。2000年2月4日に進水し、ミシシッピ州パスカグーラで海兵隊の元司令官チャールズ・C・クルーラク将軍の妻ザンドラ・クルーラク夫人によって2000年3月25日に命名された。乗組員は2001年4月に乗船し、2001年6月23日に、2,000名の第二次世界大戦の退役軍人を乗せ処女航海に出発する。その多くは硫黄島の戦いの生存者であった。一週間後の6月30日にフロリダ州ペンサコラで就役した。
2006年7月のイスラエルのレバノン侵攻に際して、アメリカ人の避難任務に当たっている。
なお、同名の強襲揚陸艦として、イオー・ジマ(USS Iwo Jima, LPH-2 イオー・ジマ級1番艦 1961年就役 1993年退役)があった。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
ワスプ級強襲揚陸艦 |
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