イアン・ソープ
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オリンピック | ||
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男子 競泳 | ||
金 | 2000 | 男子 400m 自由形 |
金 | 2000 | 男子 4x100m 自由形リレー |
金 | 2000 | 男子 4x200m 自由形リレー |
金 | 2004 | 男子 200m 自由形 |
金 | 2004 | 男子 400m 自由形 |
銀 | 2000 | 男子 200m 自由形 |
銀 | 2004 | 男子 4x200m 自由形リレー |
銅 | 2004 | 男子 100m 自由形 |
イアン・ジェイムズ・ソープ(英語: Ian James Thorpe、1982年10月13日 - )は、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州・シドニー生まれの元男性競泳選手。非常に泳ぎが速いことから、魚雷を意味するtorpedoをもじったThorpedo(ソーピード)の愛称を持つ。400メートル自由形の世界記録保持者。オリンピック金メダル5個獲得はオーストラリア人として最多。
オーストラリアでの史上最年少記録となる15才でオーストラリア水泳男子代表となり、1998年のパース大会の400メートルでの金メダルは、自由形として水泳男子の金メダルの最年少記録となっている。2001年世界水泳では、6つの金メダルを獲得。通算で11の世界水泳での金メダルを獲得。2004年のアテネでは、自由形200mと400mの金メダルと100mの銅メダルを獲得した。オリンピックで100-200-400の組合せでメダルを獲得したのはソープただ一人である。
2006年11月21日、意欲の減退を理由に、現役引退を表明した。
身長196cm。足のサイズは35cm。
目次 |
[編集] 競技種目
[編集] 世界記録
[編集] コーチ
- ダグ・フロスト(1990年~2002年)
- トレイシー・メンジーズ(2002年10月14日~)
[編集] マネージャー
- デヴィッド・フラスカス
[編集] 戦績(国際大会)
- 2004年 - アテネオリンピック - 100m自由形(3位)、200m自由形(1位)、400m自由形(1位)、4×100mフリーリレー(6位)、4×200mフリーリレー(2位)、4×100mメドレーリレー(予選敗退)
- 2004年 - ジャネット・エバンス国際大会 - 100m、200m、400m自由形、4×100mメドレーリレー
- 2003年 - 短水路ワールドカップメルボルン大会 - 50m自由形(5位)
- 2003年 - カンタススキンズ大会 - 50m自由形(1位)
- 2003年 - 世界水泳バルセロナ大会 - 400m自由形(1位)、400mフリーリレー(4位)、200m自由形(1位)、4×200mフリーリレー(1位)、100m自由形(3位)、200m個人メドレー(2位)、4×200mメドレーリレー(失格)
- 2002年 - パンパシフィック選手権横浜大会 - 400m自由形(1位)、4×100mフリーリレー(1位)、200m自由形(1位)、4×200mフリーリレー(1位)、100m自由形(1位)、4×100mメドレーリレー(2位)
- 2002年 - マンチェスターコモンウェルス大会 - 4×100mメドレーリレー(1位)、100m背泳ぎ(2位)、100m自由形(1位)、4×200mフリーリレー(1位)、200m自由形(1位)、400m自由形(1位)、4×100mフリーリレー(1位)
- 2001年 - 世界水泳福岡大会 - 100m自由形(4位)、200m自由形(1位),400m自由形(1位),800m自由形(1位),4×200mリレー(1位)、4×100mフリーリレー(1位)、4×100mメドレーリレー(1位)
- 2000年 - シドニーオリンピック - 200m自由形(2位)、400m自由形(1位)、4×100mリレー(1位),4×200mリレー(1位)
2005年以降国際競技大会に出場機会が減り2006年引退表明。
[編集] 水泳以外の活動
- チャリティー活動(イアン・ソープ基金を設立し、難病と戦う子ども達を支援している。)
- オーストラリア観光親善大使
- 男性用下着をデザイン(オーストラリアのMitch Dowd Designと共同で開発。)
- 日本においてテレビ朝日の番組に多数出演(ドラマ『逮捕しちゃうぞ』、アニメ『あたしンち』など)
- 日本のタレント・優香と世界水泳で親友に。
- コナミスポーツクラブ・オフィシャルアドバイザリースタッフ
- ヤクルトとの共同開発飲料「THORPEDO (ソーピード)」を発表
[編集] フライング失格から金メダル獲得まで
- 2004年3月29日のアテネオリンピック・オーストラリア代表選考会で、ソープは男子400mのスタートでフライングし、失格となってしまった。この際ソープは、騒音に反応してしまった救済措置を求めたが、認められなかった。しかし、約1ヵ月後、選考会2位のクレイグ・スティーブンス(同オリンピック男子1500㍍とリレー出場)が、ソープの五輪出場を熱望する国内世論に折れる形で400mを辞退し、オーストラリア水泳連盟は特例で、金メダルを確実視されるソープに出場権を与えた。一旦失格となったソープの出場には賛否両論があったが、ソープはシドニーオリンピックに続く連続優勝を果たした。
[編集] 薬物疑惑
- フランスの新聞『レキップ』は、2007年3月30日付けで、ソープが2006年5月に受けたドーピング検査で禁止薬物2種類の「異常な数値」が示されたと報じた[1]。[2]
- 2007年8月31日、オーストラリアの反ドーピング機関(ASADA)が彼は潔白だったと結論付け調査を終了した
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- イアン・ソープ公式サイト (英語)