規定打席
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規定打席(きていだせき)とは、プロの野球に於いてリーグが発表する打撃ランキングの対象となる為に必要な打席の数の事である。
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[編集] 概説
現在は野球規則10・23により規定打席を次のように定めている。
- 1軍の規定打席 = 所属球団の試合数 × 3.1
- 2軍の規定打席 = 所属球団の試合数 × 2.7
(小数点以下切捨て) 参考までに、草野球での規定打席に関しては統一された規定はないが、 プロ野球2軍の規定打席を元に計算すると、プロの試合イニング数は9回であるのに対し、草野球のイニング数は7回であることから
-
- 9回:7回 = 2.7:x
-
- ↓
- x = 2.1
-
- 9回:7回 = 2.7:x
となり、所属球団の試合数 × 2.1 となるが、実際には時間で試合が切られることもあるため、
- 草野球の規定打席 = 所属球団の試合数 × 1.7~2.0
と言うのがよく見られる。
[編集] 首位打者の例外規定
原則として首位打者と最高出塁率は規定打席を満たした選手が対象となるが、前記した野球規則10・23には次のような例外規定がある。
- 必要打席数に満たない打者でも、その不足数を打数として計算し、なお最高の打率になった場合には、この打者がリーグの首位打者となる。
アメリカのメジャーリーグ並びに日本のイースタン、ウェスタンリーグ(ともに2軍)ではこの例外規定適用での首位打者が実際に誕生しているが、1軍のセ・パ両リーグではまだ例がない。
なお、この例外規定が適用されるのはあくまで首位打者の時だけであり、首位打者でない選手は規定打席に到達していなければリーグが発表する公式な打率ランキングには名前が載らない。
[編集] 過去の規定打席
アメリカメジャーリーグでは原則として全試合中3分の2以上出場が規定条件であったが、1942年にアーニー・ロンバルディがわずか309打数(105試合出場)で首位打者になったことから、1950年から打数が規定条件になった。日本プロ野球でも戦後一時期まで、打数が規定条件であったが、好打者が過度の敬遠により規定に到達できないという事態を回避するために、1957年シーズン前にアメリカメジャーリーグで打席数を採用することが決定され、日本プロ野球もそれに倣った。1959年以降はチーム試合数に3.1をかけた値を到達すべき規定打席としている(3.1の数字の由来は諸説あり不明)。
[編集] 1リーグ時代
年 | 規定 |
---|---|
1936秋 | 打数55 |
1937春 | 打数101 |
1937秋 | 打数100 |
1938春 | 打数101 |
1938秋 | 打数100 |
1939 | 打数200 |
1940 | 打数250 |
1941 | 打数201 |
1942 | 打数300 |
1943 | 打数240 |
1944 | 打数100 |
1946 | 打数300 |
1947 | 打数330 |
1948 | 打数400 |
1949 | 打数300かつ試合数100 |
[編集] 2リーグ分立後
年 | セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ |
---|---|---|
1950 | 打数300かつ試合数100 | 打数300 |
1951 | 打数280 | 打数(チーム試合数×2.5) |
1952 | 打数300 | 打数(上位4球団:300、下位3球団:270) |
1953 | 打数325 | 打数300 |
1954 | 打数338 | 打数360 |
1955 | 打数335 | 打数360 |
1956 | 打数338 | 打数400 |
1957 | 打席403 | 打席409 |
1958 | 打席400 | 打席400 |
1959~1960 | 打席403 | 打席(チーム試合数×3.1) |
1961 | 打席403 | 打席434 |
1962 | 打席(チーム試合数×3.1) | 打席(チーム試合数×3.1) |
1963~1964 | 打席434 | 打席465 |
1965 | 打席434 | 打席434 |
1966~1968 | 打席(チーム試合数×3.1)※1 | 打席(チーム試合数×3.1) |
1969~1989 | 打席403 | 打席403 |
1990~1996 | 打席(チーム試合数×3.1) | 打席403 |
1997~2000 | 打席(チーム試合数×3.1) | 打席418 |
2001~2003 | 打席434 | 打席434 |
2004 | 打席427※2 | 打席412※2 |
2005~2006 | 打席452 | 打席421 |
2007 | 打席446 | 打席446 |
「チーム試合数×x.x」の年は引き分け再試合制採用年
※1 1967年は阪神対大洋戦で放棄試合が1試合あるため、阪神・大洋ともに(チーム試合数-1)×3.1が規定打席となる。
※2 2004年はアテネオリンピックの実施に伴い、五輪派遣選手の規定打席の算出基準となる試合数は所属球団の総試合数から派遣期間中の試合数を減じたものとなる特別措置が設けられた。