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臨界事故 - Wikipedia

臨界事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1954年2月にロスアラモス国立研究所のゴディバ実験装置で起きた臨界事故の前後の写真。臨界事故で生じた衝撃波によって装置の支柱が折れ曲がっている。

臨界事故(りんかいじこ、 criticality accident )とは、濃縮ウランプルトニウムのような核分裂性物質の内部で核分裂連鎖反応が想定外の状況下で偶発的に起こった事象を指す。臨界事故によって放出される中性子線は発生場所の付近にいる人間にとって極めて危険であり、またこの中性子線によって発生場所周囲の物体が放射能を帯びる原因となる。

核分裂反応の発生を前提として作られている原子炉の炉心や実験施設の外で臨界事故が発生すると、発生場所から数十メートル以内にいる作業員は重傷または死亡に至る高い危険性にさらされ、また発生場所の付近には放射性物質が放出される危険が生じる。ただし、臨界事故は危険ではあるが、こういった事故では核分裂性物質の密度が比較的小さいことや核物質が臨界量に達するまでの挿入時間 (insertion time) が長いため、核分裂収率や最大出力が抑えられ、核爆発に至ることはない。

目次

[編集] 原因

60インチサイクロトロンによって加速されたイオン(おそらく陽子か重陽子)のビームが周囲の空気を電離して青く発光する様子(1939年頃撮影)。臨界事故の目撃者によって報告されている青い光はこれと全く同じ過程で生じたものと考えられる。この光はチェレンコフ放射とは別の現象である。
60インチサイクロトロンによって加速されたイオン(おそらく陽子重陽子)のビームが周囲の空気を電離して青く発光する様子(1939年頃撮影)。臨界事故の目撃者によって報告されている青い光はこれと全く同じ過程で生じたものと考えられる。この光はチェレンコフ放射とは別の現象である。

核分裂反応の臨界状態は金属のウランやプルトニウム、あるいはこれらの元素の化合物や溶液で起こりうる。物質の同位体組成や形状、化学組成、溶液か化合物か合金か複合材料か、また周囲を取り囲む物質の種類などあらゆる条件が、その物質が臨界に達する、すなわち連鎖反応を起こすかどうかに影響する。臨界量の計算は複雑になるため、核分裂性物質を取り扱う施設は民間でも軍事施設でも、特別に訓練された臨界管理者 (criticality officer) を置いて機器を監視し、臨界事故を防いでいる。

[編集] 解説

2007年現在までに確認されている臨界事故は、核物質処理施設における事故と研究用原子炉で起きた事故に分けられる。前者は一般に臨界が決して起きないように管理された環境で起きた事故であるのに対して、後者の場合には臨界状態自体は物理実験として原子炉内で人為的に常時起こされているものの、何らかの理由でこの臨界状態が制御されない状態に陥ったものである。またこれらとは別に、2007年には、日本の商業用原子力発電所1978年[1]1999年[2][3]に臨界事故が起きていた可能性が高いことが明らかになっている。

[編集] 青い光

ほとんどの臨界事故ではいわゆる「青い閃光」が観察されている。これは臨界状態に達した核物質の周囲の空気が強いX線またはガンマ線(または水中などの特殊な物質の中ではベータ粒子など)のパルスによって電離されるために生じるものである。この「青い光」についてはしばしばチェレンコフ放射であると誤って認識されることがあるが、実際には別の物理現象である。

チェレンコフ放射は荷電粒子誘電体の内部をその物質内での光速よりも速く進む時に放射される光である。臨界事故(すなわち核分裂反応)の過程で生成される荷電粒子はアルファ粒子、ベータ粒子、陽電子と高エネルギーのイオンに限られる。前三者は全て核分裂反応で生成された不安定な「娘核種」の放射性崩壊によって生じるものであり、後者の高エネルギーイオンは娘核種そのものである。これらの粒子のうち、空気中を数cm以上にわたって進むことができるのはベータ粒子だけである。空気は非常に密度が小さい物質であるため、その屈折率(およそ n=1.0002926)は真空の屈折率 (n=1) に比べてごくわずかしか大きくない。従って空気中の光速度は真空中の光速度 c に比べて約0.03%小さいだけに過ぎない。ゆえに、核分裂生成物の崩壊によって放出されるベータ粒子がチェレンコフ放射を生じるためには、ベータ粒子は真空中の光速度の 99.97% 以上の速度を持たなければならない。放射性崩壊によって放出されるベータ粒子のエネルギーは約 20MeV を超えることはなく(14B の崩壊で生じるベータ粒子が 20.6MeV で最もエネルギーが高く、次いで 32Na の 17.9MeV が続く[4])、またベータ粒子が c の 99.97% まで達するのに必要なエネルギーは 20.3 MeV なので、核分裂の臨界によって空気中でチェレンコフ放射が起きる可能性は実質的にはない。青い閃光の大部分をチェレンコフ光が占めるような唯一のケースは、臨界が水中または完全に溶液(再処理プラントの硝酸ウラニルなど)の中で起きた場合で、このような光を見ることができるのは溶液の容器が開いていたか透明だった場合のみである。

実際には、臨界事故で見られる青い光は空気(ほとんどは酸素窒素)に含まれる電離した原子(または励起された分子)が基底状態に戻る際に放出する青いスペクトルの光によるものである。これは空気中の電気の火花や稲妻が青く見える理由と同じである。チェレンコフ光の色と電離した空気が放射する光の色が全く異なる物理過程によるにもかかわらず非常に似ているのは面白い一致ではあるが、それ以上のものではない。

また一部の人々によって、臨界事故で見られる青い閃光は臨界状態の核物質から放射されたベータ線が観察者の目に入り、眼球硝子体を通過する際に起きたチェレンコフ放射によって生じたものである、という説が唱えられている。このような効果は起こりうるもので、アポロ計画宇宙飛行士たちが月へ向かう飛行の途中、目を閉じるとこのような閃光が見えたことを実際に報告しているが、アポロ宇宙船の飛行士たちが見た光は非常に高エネルギーの宇宙線を受けたために起きたもので、ベータ粒子によるものではない。また、アポロの飛行士たちが見た閃光は荷電粒子が網膜を直接刺激した効果とその粒子によって生じたチェレンコフ放射とが合わさったものではないかとも考えられている。臨界事故で見られる青い閃光をこのようなメカニズムで説明するのはいくつかの理由からあまりもっともらしい説明ではない。第一に、この閃光が眼球そのものの中で生じたものならば、光の方向に関する感覚はほとんどなくなり、観察者は同じ強さの青い光をどの方向からも見ることになる。しかし実際には臨界事故の目撃者の報告はこれとは逆で、青い閃光が起きた方向は容易に判別できている(ハリー・ダリアンの事故の際に光を目撃した勤務中の警備員のケースなどがこれに該当する)。加えて、アポロの飛行士が見た閃光はほとんど常に「白い光」と報告されており、1例のみ「白みがかった青で青いダイヤモンドのようだった」と報告されている。これに対して臨界事故の青い光の報告はほぼ一様に「青い光」と報告されている。

[編集] 熱効果

臨界事故の際に臨界に達していた物質の近くにいた目撃者の報告の中には、臨界状態に達した時に「熱波」を感じたという報告がある。しかしこれについては、臨界状態が起きたことを知った恐怖による心因的な反応なのか、それとも実際に臨界状態の物質からのエネルギー放射によって物理的な加熱の(または皮膚の熱感覚を伝える神経が非熱的な刺激を受けた)効果があったのか、明らかになっていない。例として、1946年のルイス・スローティンの事故(約 3 x 1015 回の核分裂を伴う収率上昇事故)では皮膚の温度を数分の一度上げる程度のエネルギーしか放出されていないが、プルトニウム球の中で瞬間的に放出されたエネルギーは約80kJで、6.2kg のプルトニウム球の温度を約100℃まで上昇させられるほどのものだった(プルトニウムの比熱は 0.13 J g-1 K-1 である)。よって、プルトニウムの温度はごく近い距離にいた場合には熱放射によって熱を感じるほどの温度に達したと考えられる。しかしこの説明は臨界事故の被害者たちが述べている熱的効果に対する説明としては不十分に思われる。なぜなら、この時プルトニウムから数フィートも離れていた人々も熱を感じたことを報告しているからである。あるいはこの「熱感覚」は単に、強力な放射線に晒されたことで皮膚細胞の物質が電離されてフリーラジカルが生成されたことによる細胞レベルでの皮膚の非熱的な損傷による可能性もある。

[編集] 事例

臨界事故は核兵器の関連施設と原子炉の両方で起きている。以下に主な事故の例を挙げる(国名は事故当時のもの)。

  • 1945年8月21日、アメリカのロスアラモス国立研究所の研究者であったハリー・K・ダリアン Jr. がプルトニウムの球体の上にタングステン・カーバイドの煉瓦を落としたことで臨界状態が発生し、ダリアンは重篤な放射線障害のために9月15日に死亡した。この事故では落下した煉瓦が中性子反射体の役割を果たし、プルトニウムの臨界を引き起こした。
  • ダリアンの事故から9ヵ月後の1946年5月21日、やはり研究者のルイス・スローティンが同様の事故により誤って被曝した。彼はダリアンの事故の際に用いていたのと全く同じプルトニウム球を使って臨界量の実験を行なっている時に手から誤ってドライバーを滑り落とし、このドライバーで支えていたベリリウム製の半球がプルトニウム・コアの上に被さって臨界状態が発生した。スローティンは臨界が起きたことを知るとすぐにベリリウムの半球を払いのけ、近くにいた7人の同僚の命を救った。彼自身は放射線障害によって9日後に死亡した。
  • 1964年7月24日、アメリカ・ロードアイランド州ウッドリバージャンクションにある施設で臨界事故が発生した。このプラントは核燃料の製造工程で出る廃材料からウランを再抽出するものだった。ある作業員が誤って高濃度のウラン溶液を炭酸ナトリウムの入った攪拌タンクに入れたことで臨界が発生した。この臨界によって作業員は10,000ラド(100グレイ)の放射線を受け、49時間後に死亡した。90分後に2回目の臨界が発生し、汚染除去作業を行なっていた2名の作業員が最大100ラド(1グレイ)の被曝を受けたが彼らには後遺症はなかった。[5]
  • 1983年9月23日、アルゼンチンのコンスティテュエンテス原子力研究センターにある研究用原子炉 RA-2 の技術者が、原子炉の減速材として使われていた水を除去しないまま燃料棒の配置を変更する作業を行なって臨界事故が発生した。この事故でこの技術者は3,700ラド(37グレイ)の放射線に被曝して2日後に死亡した。制御室にいた2名の他の作業員も被曝した。
  • ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で、事故から4年が経った1990年6月24日から7月1日にかけて、事故を起こした原子炉の 304/3 号室内で臨界状態に近い中性子の増倍事象が起きた兆候が見られた[6]。中性子線量の増加は通常の約60倍で、臨界が起きた場合に予想される値よりはずっと低いものだった。中性子を吸収するためにガドリニウム溶液が注入され、中性子のレベルは元の値に戻った。
  • 1999年9月30日、日本の茨城県東海村にある JCO の核燃料加工施設で、作業員が硝酸ウラニル溶液を別用途のために設計されていた沈殿槽に入れたところ、臨界量に達して臨界事故が発生した。この事故で2名の作業員が放射線障害によって死亡した。(詳しくは東海村JCO臨界事故を参照のこと。)

1945年以来、少なくとも21人が臨界事故で死亡している。内訳はアメリカで7人、ソ連で10人、日本で2人、アルゼンチンで1人、ユーゴスラビアで1人である。これらのうち9人は核物質処理施設での事故で、残りは研究用原子炉での事故である。

[編集] 関連項目

[編集]

  1. ^ http://www.meti.go.jp/press/20070322006/20070322006.html
  2. ^ http://www.meti.go.jp/press/20070406006/20070406006.html
  3. ^ http://www.rikuden.co.jp/sikagaiyou200703.pdf
  4. ^ http://www.nndc.bnl.gov/nudat2/indx_dec.jsp
  5. ^ http://www.johnstonsarchive.net/nuclear/radevents/1964USA1.html
  6. ^ http://www.kiae.ru/rus/inf/chnpp/pr_fcm.htm

[編集] 外部リンク

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