白鳳
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白鳳(はくほう)は寺社の縁起や地方の地誌や歴史書等に多数散見される私年号(逸年号とも。日本書紀に現れない元号をいう)の一つである。通説では白雉(650年~654年)の別称、美称であるとされている(坂本太郎等の説)。
『二中歴』等では661年~683年。 また、中世以降の寺社縁起等では672年~685年の期間を指すものもある。
なお、『続日本紀』神亀元年冬十月条(724年)に「白鳳より以来、朱雀以前、年代玄遠にして、尋問明め難し。」といった記事がみられる。
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[編集] 改元
[編集] 由来
文心雕龍(ぶんしんちょうりゅう)に示すように、「白雉」を「白鳳」と懐風藻的な漢詩の気取った表現と思われる。
文心雕龍 知音第四十八 作者:劉勰
夫麟鳳與麏雉懸絕,珠玉與礫石超殊,白日垂其照,青眸寫其形。然魯臣以麟為麏,楚人已雉為鳳,魏氏以夜光為怪石,宋客以燕礫為寶珠。形器易徵,謬乃若是;文情難鑒,誰曰易分。
[編集] 白鳳期におきた事件
- 白鳳文化
- 661年 - 斉明天皇、朝倉宮で没
- 663年 - 白村江の戦いで、倭、唐・新羅連合軍に大敗する。
- 664年 - 対馬、壱岐、筑紫に防人を置く。筑紫に水城を築く。
- 665年 - 筑紫、長門に築城。
- 666年 - 百済人二千人を東国へ移す。
- 667年 - 近江遷都。倭国、讃岐、対馬に築城。
- 668年 - 天智天皇(葛城皇子)即位。近江令発令
- 669年 - 藤原鎌足没
- 671年 - 唐の副将郭務宗兵2000と倭国に来訪、捕虜兵1400を返還。「筑紫君薩夜麻」(ちくしのきみ・さちやま)唐から帰国。天智天皇、近江宮で没
- 672年 - 壬申の乱。弘文天皇(大友皇子)自殺
- 673年 - 天武天皇(大海人皇子)即位。
- 678年 - 筑紫大地震
[編集] 西暦との対照表
白鳳 | 元年 | 2年 | 3年 | 4年 | 5年 | 6年 | 7年 | 8年 | 9年 | 10年 | 11年 | 12年 | 13年 | 14年 | 15年 | 16年 | 17年 | 18年 | 19年 | 20年 | 21年 | 22年 | 23年 |
西暦 | 661年 | 662年 | 663年 | 664年 | 665年 | 666年 | 667年 | 668年 | 669年 | 670年 | 671年 | 672年 | 673年 | 674年 | 675年 | 676年 | 677年 | 678年 | 679年 | 680年 | 681年 | 682年 | 683年 |
干支 | 辛酉 | 壬戌 | 癸亥 | 甲子 | 乙丑 | 丙寅 | 丁卯 | 戊辰 | 己巳 | 庚午 | 辛未 | 壬申 | 癸酉 | 甲戌 | 乙亥 | 丙子 | 丁丑 | 戊寅 | 己卯 | 庚辰 | 辛巳 | 壬午 | 癸未 |
- 『麗気記私抄』等
白鳳 | 元年 | 2年 | 3年 | 4年 | 5年 | 6年 | 7年 | 8年 | 9年 | 10年 | 11年 | 12年 | 13年 | 14年 |
西暦 | 672年 | 673年 | 674年 | 675年 | 676年 | 677年 | 678年 | 679年 | 680年 | 681年 | 682年 | 683年 | 684年 | 685年 |
干支 | 壬申 | 癸酉 | 甲戌 | 乙亥 | 丙子 | 丁丑 | 戊寅 | 己卯 | 庚辰 | 辛巳 | 壬午 | 癸未 | 甲申 | 乙酉 |
[編集] 関連項目
日本の元号 | |
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白雉 | 朱雀 |
- 『麗気記私抄』等
日本の元号 | |
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朱雀 | 朱鳥 |