徳川圀順
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徳川 圀順(とくがわ くにゆき、明治19年(1886年)12月13日 - 昭和44年(1969年)11月17日)は、日本の華族、政治家。1904年、東京高等師範学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒。
水戸徳川家第13代当主。貴族院議長、日本赤十字社社長を務める。階級は陸軍歩兵少佐、爵位は公爵。父は侯爵徳川篤敬。水戸徳川家第2代の光圀以来編纂を続けていた歴史書『大日本史』を完成させる。字は子行、号を涛山とする。
明治31年(1898年)父篤敬の死去により、家督を相続する。侯爵となる。明治39年(1906年)先祖徳川光圀以来編纂を行っていた『大日本史』を完成させて献上する。明治43年陸軍士官学校を卒業、歩兵少尉に任官。大正2年(1914年)病気を理由に依願休職、大正3年予備役に編入。
明治44年(1911年)12月から侯爵議員として貴族院議員に就任する。昭和4年(1929年)、『大日本史』編纂の功により公爵に陞爵する。昭和15年(1940年)6月25日に日本赤十字社社長、昭和19年(1944年)10月11日から同21年(1946年)6月19日まで第7代貴族院議長を務める。水戸育英会総裁。圀順の後を子の圀斉が継ぐ。圀斉は財団法人水府明徳会会長となる。
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