広野允士
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広野 允士(広野 ただし、ひろの ただし1943年1月1日 - )は、日本の政治家。民主党前参議院議員(1期)。元衆議院議員(1期)。富山県富山市出身。
生年月日 | 1943年1月1日 |
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出生地 | 富山県富山市 |
出身校 | 東京大学 |
学位・資格 | 工学士 |
前職 | 衆議院議員 |
所属委員会 内閣役職 |
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世襲 | 無 |
選出選挙区 | |
当選回数 | 1回(衆1回/参1回) |
所属党派 | 民主党(小沢グループ) |
党役職 | 富山県総支部連合会常任顧問 |
会館部屋番号 | |
ウェブサイト | 広野 ただし |
[編集] 略歴
富山県立富山中部高等学校、東京大学工学部卒業後に通商産業省に技官で入省。大臣官房企画官、電気機器課長を歴任。
1990年、第39回衆議院議員総選挙に無所属で立候補するが落選。第40回衆議院議員総選挙では新生党公認で立候補し初当選。1994年の新進党結成に参加するが、1996年の総選挙で落選。新進党の解党を受けて自由党所属となるが、2000年の総選挙においても落選。翌年の第19回参議院議員通常選挙には比例区から自由党公認で立候補し当選。2003年の党の合併により、民主党所属となる。
前北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会委員長。元民主党筆頭副幹事長、民・参議院幹事長代理。北朝鮮拉致問題等特別委員会委員長に就任中、北朝鮮人権法案の成立に尽力し、第164回通常国会で成立させた。
第21回参議院議員通常選挙では民主党公認の比例区候補として立候補するが落選。