再生医学
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再生医学(さいせいいがく)とは、人体の組織で、胎児期にしか形成されず、その組織が欠損した場合(たとえば四肢切断など)、再度生えてくることのない組織の機能回復の方法を研究する新しい医学の分野である。また、心筋梗塞の後のようなケースでも、心筋が壊死して再生しない上、そこに至る栄養血管も狭窄または閉塞して機能不全になってしまう。クローン動物作製、臓器培養、多能性幹細胞(ES細胞)の利用、自己組織誘導の研究等などがある。
シャーレ上で培養した組織を患者へ移すといった手法を用いる。将来的には遺伝子操作をした豚などの体内で人間の臓器を養殖するという手法も考えられている。自己組織誘導については、細胞と、分化あるいは誘導因子(シグナル分子)と、足場の3つを巧みに組み合わせることによって、組織再生が可能になるとみられており、従来の材料による機能の回復(工学技術にもとづく人工臓器)には困難が多く限界があること、臓器移植医療が移植適合性などの困難を抱えていることから、再生医学には大きな期待が寄せられている。
[編集] 再生医学の一例
熱傷の植皮のため、皮膚の表皮細胞を培養したい時、予め制癌剤を投与し増殖をストップさせたNIH3T3細胞を土台にすると、繊維芽細胞による表皮細胞の駆逐を抑え、表皮細胞のみを増殖させることが出来る。
この方法を用いてMIT(マサチューセッツ工科大学)のグリーン博士らは切手サイズの組織を3000倍に増殖させることに成功している。培養皮膚で尊い人命が救われた一例として、1990年広範囲熱傷を負ったコンスタンチンに札幌医科大学付属病院で移植治療を施したケースは有名である。しかし、現状の皮膚培養では毛穴や汗腺の再生が不十分であり、より完全な皮膚の再生を目指して、研究がすすめられている。 実用化が進んでいるのは皮膚培養だが、軟骨・関節の培養の研究も推し進められている。
また、犬、豚などを使った実験で、あごの骨の細胞から完全な歯を再生することが確認されている(歯胚再生)。上田実らにより名古屋大学付属病院で実際に再生歯科外来が設けられている。 埼玉医科大学総合医療センター心臓血管外科が、虚血性心筋症の男性患者の心臓組織に、本人の骨髄細胞を移植する再生医療に成功している。
目の角膜を患った患者への治療としてドナーからの提供による角膜移植が行われているが、ドナー提供者が少ないこと、拒絶反応があることなどから、自己細胞を使った再生角膜による治療が試みられている。片目を患っている場合、もう一方の目の角膜の一部を採取して培養し移植する方法や、両目を患っている場合には口腔粘膜(幹細胞が多く含まれている)より採取した細胞を培養して移植する方法など、研究が進められている。国内では大阪大学の西田幸二らと東京女子医科大学の岡野光夫・大和雅之らのグループや、東京歯科大学の坪田一男らのグループ、京都府立医科大学の木下茂らのグループが有名である。
最近骨髄中に間葉系幹細胞と呼ばれる接着性の細胞が存在しており、シャーレ上で特殊な培養を行うと骨芽細胞・脂肪細胞・軟骨細胞に分化誘導できることが報告された。また、骨髄以外にも様々な組織から体性幹細胞を得る研究が行われている。フローサイトメトリーを用いた研究により、SP(side population)細胞が注目されている。
[編集] 再生医学の英訳
再生医学の英訳としてよく使われるものに「Tissue Engineering」と「Regenerative Medicine」がある。前者は直訳すると組織工学であるが、日本語の組織には「Organization」の意味もあり混乱を招くことから、生体組織工学や組織再生工学などの日本語訳が使われることが多い。また再生医学や再生医工学と訳されることもあるが、一方でいくつかの関連する学問の総称として再生医学があり「Tissue Engineering」はそのひとつの分野であるという考え方もある。後者の「Regenerative Medicine」は直訳すると再生医療である。再生医学と再生医療を混同させた記述はよく見られるが、日本語の意味から考えると、再生医学は学問の分野であり、その成果を生かした現場での医療が再生医療である。(たとえばES細胞を用いた再生医学の研究は行われているが、再生医療はまだ実現していない。)このように再生医学にあてはまる確立した英訳はなく、それぞれの研究者、研究機関がそれぞれの解釈で使用しているのが現状である。