上信電鉄200形電車
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上信電鉄200形電車(200がたでんしゃ)は、上信電鉄の通勤形電車である。
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[編集] 概要
1964年に東洋工機で製造された1次車(デハ201~203。側面窓は1段上昇式)と、1967年に西武所沢工場で製造された2次車(デハ204~205。側面は2段窓で高運転台)が存在する。どちらも自社新造車。なお本形式のクハ(制御車)は300形を名乗る。
1974年まで上信電鉄ではタブレットを使用していたため、運転席は右側に配されている。20メートル級片側3扉の車体にカルダン駆動ながら自動空気ブレーキ装置を持ち、台車などの下回り(2次車は車体そのものも)などは登場当時の西武鉄道701系・801系、すなわち現行の150形と共通する部分が多く、同車の上信電鉄に移籍した要因でもあった。なお、元々は全車とも下仁田側に運転台のある片運転台車だったが、2次車は1989年と1990年に、廃車になった東武鉄道3000系の部品を使用して両運転台化された。
基本塗装はサーモンピンク系(上信では「コーラルレッド」と呼ぶ)1色である。かつてはコーラルレッドに細い濃紺の帯を巻いていたが、塗装省力化の際に廃止された。2次車は両運転台化改造直後にはデハ250形の当時の塗装と同様のストライプ塗装にされたこともある。
1次車はデハが3両に対してクハが2両。これは増結用途を考えていたためで、2004年10月16日のダイヤ改正で、定期列車の全運用が2両ワンマンになるまでは、ラッシュ時などに3両編成で走ることがあった。
[編集] 現状
老朽化および非冷房車であることから、今後西武から移籍した500形に交代して営業運転を離脱する予定である。現時点でも夏の間は予備車となり運行する機会は少ない。
[編集] 1次車
- デハ201…2004年に廃車された。
- デハ202…2005年に廃車された。
- デハ203…車籍はあるが、廃車候補にも挙がるなど予備車的な存在である。デハ251が検査施工される際にクハ303やデハ205と連結する。
[編集] 2次車
- デハ204…2005年12月よりクハ304と編成を組んで、上信線沿線の富岡市にある富岡製糸場を世界遺産に登録することを呼びかけるPR車両となった。下仁田側前面に「明治五年」、横面には「富岡製糸場を世界遺産に」と表記されている。
- デハ205…両運転台構造であることから、救援車代用として下仁田に留置されていることが多い。他車の検査時にはデハ203やデハ251と連結することもある。