リシン (毒物)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
リシン(Ricin)は、トウゴマ(ヒマ)の種子から抽出されるタンパク質である。
猛毒であり、人体における推定の最低致死量は体重1kgあたり0.03mg。毒作用は服用の10時間後程度。リシン分子はAサブユニットとBサブユニットからなり、Bサブユニットが細胞表面のレセプターに結合してAサブユニットを細胞内に送り込む。Aサブユニットは細胞内のタンパク質合成装置リボゾームの中で重要な機能を果たす28S rRNAの中枢配列を切断する酵素として機能し、タンパク質合成を停止させることで個体の生命維持を困難にする。この作用は腸管出血性大腸菌O157の作るベロ毒素と同じである。 経口投与より非経口投与の方が毒性は強いが、その場合の致死量はデータなし。戦時中はエアロゾル化したリシンが、化学兵器として使用された事もある。
ヒマの種子に毒性があることは古くから知られていたが、1888年にエストニアのスティルマークが、その種子から有毒なタンパク質を分離し、リシンと名付けた。
現在、リシンに対する解毒剤は存在しない。ただし、米テキサス大で2004年に開発されたワクチンの臨床試験がFDAの認可の下に行われ、2006年1月30日付の米科学アカデミー紀要電子版において予防効果を確認したと報じられている。
タンパク質としては、糖鎖を持つ糖タンパク質のひとつ。267アミノ酸残基からなるAサブユニットと、262アミノ酸残基からなるBサブユニットからなり、Aサブユニット259位のシステインとBサブユニット4位のシステインの間に形成されるジスルフィド結合により両鎖は結合している。Bサブユニットは2本の-Gal-Glcの2糖残基とからなる糖鎖と、2本の-Nag-Nag-Man(-Man)-Man5糖残基からなるオリゴ糖側鎖を持つ。酵素としてはEC.3.2.2.22として知られ、ラットの28S rRNAのAサブユニット4324番目のN-グリコシル結合を加水分解する。 なお、
- Gal D-ガラクトース
- Glc グルコース
- Nag N-アセチルグルコサミン
- Man α-D-マンノース
である。
[編集] リシンに関する事件
1978年9月7日、ロンドンでブルガリア出身の作家ゲオルギー・マルコフが倒れ、4日後に死亡した。同年の8月26日にはパリで同じくブルガリア出身のウラジミール・コストフが傘を持った何者かに狙撃され、直ちに病院で検査した結果、約1mmの白金-イリジウム合金の弾丸が発見され、中にはリシンが入っていた。その後マルコフの体内からも弾丸が発見され、被害者2名とも共産政権だったブルガリアからの亡命者であることから、KGBおよびブルガリア秘密警察による犯行と考えられた。KGBは、傘に偽装した空気銃に仕込んだリシン入りの弾丸により暗殺を行ったのである。
2003年の11月にワシントンD.C.のホワイトハウスに手紙に封入されたリシンが検出された。その手紙はホワイトハウスから離れた郵送物を扱う施設で発見され、大事にはいたらなかった。手紙は細かいパウダー状の物質を含んでいて、その後のテストによってリシンと確認された。調査官によると危険性は低く、健康に被害を与えるとは思われないということである。この情報は、2004年2月3日に予備調査でアメリカ上院議員ビル・ファーストのオフィスの郵送物取扱室で同様の事件が発覚するまで公にされなかった。この事件によって健康に被害が及んだという人物は現れていない。また同事件によっていくつかの上院議員のオフィスが予備措置として閉められた。
[編集] リシンに関するフィクション
CSI:科学捜査班の第2シーズン第7話「愛しすぎた男」(通算第30話)。2つの事件のうち、片方がリシンによるもの。