ニコライ・ギャウロフ
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ニコライ・ギャウロフ(Nicolai Ghiaurov, Николай Гяуров (Nikolaj Gjaurov), 1929年9月13日-2004年6月2日)は、ブルガリア出身のオペラ歌手(バス)。
戦後最高のバス歌手の一人とされ、広い音域で深みのある声を持ち、知的でよくコントロールした歌唱を聴かせた。
ブルガリアのヴェリングラードで生まれ、ソフィア音楽院でブランバロフに、さらにレニングラード音楽院およびモスクワ音楽院でも学ぶ。ワルシャワと1955年のパリ国際音楽コンクールで優勝し、同年ソフィアの歌劇場でパイジェッロの『セビリアの理髪師』のドン・バジリーオを歌いデビューした。翌年ウィーンで『アイーダ』のランフィスを歌い成功、翌1958年にはボリショイ劇場でメフィストフェレス(グノーの『ファウスト』)やピーメン(ムソルグスキーの『ボリス・ゴドゥノフ』)を歌い注目を集めるとともに、イタリアでもボローニャ歌劇場でバジーリオを歌いデビューした。翌年、『ボリス・ゴドゥノフ』でミラノ・スカラ座に出演、1962年にはコヴェント・ガーデン、1965年にはメトロポリタン歌劇場にもデビューし、さらにウィーン、パリ・オペラ座、ザルツブルク音楽祭などに次々と出演して、様々な歌手や指揮者との活躍の場を広げていった。
日本には1973年のNHKイタリア・オペラ公演でメフィストフェレスを歌い、また1981年のミラノ・スカラ座の公演では『シモン・ボッカネグラ』のフィエスコを演じ、シモンを歌うカップチッリとの熱い競演を見せた。
彼は最初の妻でピアニストのミシャコワと離婚後、イタリアの名ソプラノ歌手、ミレッラ・フレーニと再婚し、ふたりでしばしば揃って劇場やレコード録音に登場していた。
2004年1月には、デビュー役であるドン・バジーリオをヴェネツィアで歌っている。同年5月、心臓発作に襲われ、自宅のある(フレーニの生まれ故郷)モデナ近郊の病院に入院していたが、6月2日に死去した。
レコード録音でも『ボリス・ゴドゥノフ』『シモン・ボッカネグラ』『ドン・ジョヴァンニ』など数多くの名演を記録している。