グレート・ウェスタン鉄道4900型蒸気機関車
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グレート・ウェスタン鉄道4900型蒸気機関車(4900 Class)はイギリスのグレート・ウェスタン鉄道(Great Western Railway:GWR)が製造した貨客両用テンダー式蒸気機関車の1形式である。各車の固有名から、ホール型(Hall Class)とも呼ばれる。軸配置はテンホイラー(4-6-0あるいは2C)である。
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[編集] 概要
本形式はグレート・ウェスタン鉄道の技師長(Chief Mechanic Engineer:CME)であった、チャールズ・コレット(Charles Benjamin Collett:在任期間:1922年~1941年)の手により設計された。
これは元々、コレットのCME就任直後に運行部門より要求が出された、4300型(4300 Class)の上位代替機[1]製造計画に由来する。しかしコレットはこれを完全な新規設計とはせず、既存の単式2気筒テンホイラーであるセイント型(Saint Class)を基本に、その動輪径を8インチ半縮小して6フィート(1,828mm)径とし、速度を落として牽引力を増大させることで所用の要求性能を満たす経済的な案[2]を選択した。
これは他のテンホイラー機と部品を共通化することで製造・保守コストの削減を図る合理的な案であった。また、新規設計部分がほとんど無いため工場の生産ラインの転換も容易であったことから、設計・製造部門からは特に異論は出ず、運行部門の要求も十分満たせたため、計画の具体化が進められた。
こうして、実際にセイント型に属するNo.2925 Saint Martin を1924年に改造して評価試験を行い、この案の可否が確認されることとなった。
具体的な改修点は動輪径の変更と、これに伴うシリンダ高さの引き下げ、弁装置の位置調整、それに台枠の軸箱守修正などである。
[編集] 製造
試験の結果は良好で、1928年より量産車の製造がGWRスウィンドン工場(Swindon Works)で開始され、1943年までにNos.4901-4999・5900-5999・6900-6958の258両が製造された。
また、試作車としての役割を果たしたNo.2925も本形式に編入され、トップナンバーに当たるNo.4900へ改番された。
以後の増備はコレットの後任CMEとなったフレデリック・ホークスワース(Frederick W. Hawksworth:在任期間:1941年~1947年)の手で更なる改良を施したホール改型(Modified Hall Class)へ移行したが、基本コンセプトや性能には変更はなく、こちらは71両が製造されている。
更に、新設計の高圧高性能ボイラーを搭載した、超ホール改型とでも呼ぶべき内容を備えるカウンティ型(County Class)30両もその基本設計は本形式のそれに従っており、結果的に本形式を筆頭とするGWRの貨客用テンホイラーは計360両が製造されることとなった。
[編集] 運用
前述の通り、本形式は4300型の代替機として新造され、貨客両用機として運用された。
なお、本形式の内、11両が1946年から1947年にかけて重油炊きに改造されたが、これらは1950年に元の石炭炊きに復元されている。
廃車はイギリス国鉄のディーゼル機関車導入の進捗に合わせ、1959年から1965年にかけて実施された。
[編集] 諸元
- 全長 mm
- 全高 mm
- 軸配置 2C(テンホイラー)
- 動輪直径 1,828mm
- 弁装置:内側スティーブンソン式弁装置
- シリンダー(直径×行程) 469mm×760mm
- ボイラー圧力 15.82kg/cm² (= 225lbs/in2 = 1.55MPa))
- 火格子面積 2.52m²
- 機関車重量 72.45t
- 最大軸重 20t
- 炭水車重量 46.64t
[編集] 保存車
本形式は現在、下記の10両が保存されている。
- No.4920 ダンブルトン・ホール(Dumbleton Hall)
- No.4930 ハグリー・ホール(Hagley Hall)
- No.4936 キンレット・ホール(Kinlet Hall)
- No.4942 メインディ・ホール(Maindy Hall)
- No.4953 ピッチフォード・ホール(Pitchford Hall)
- No.4965 ルード・アストン・ホール(Rood Aston Hall)
- No.4979 ウートン・ホール(Wootton Hall)
- No.5900 ヒンダートン・ホール(Hinderton Hall)
- No.5952 コーガン・ホール(Cogan Hall)
- No.5967 ビックマーシュ・ホール(Bickmarsh Hall)
- No.5972 オルトン・ホール(Olton Hall)
[編集] 脚注
- ^ 当初運行部門は4300型の足回りにNo.1形ボイラーを組み合わせた強力なモーガル機の設計を要求していたが、当時のGWRのCMEであったジョージ・チャーチウォード(George Jackson Churchward:在任期間:1902年~1922年)はアンバランスなこの案に賛同せず、コンソリデーション形軸配置(2-8-0あるいは1D)の2800型(2800 Class)の足回りとNo.1形ボイラーを組み合わせた機関車を検討していた。但し、彼の在任中にはこれは実現していない。
- ^ この際、シリンダ径や行程など、他の主要部分には手を加えておらず、最高速度は低下したが牽引力は24,395ポンドから27,275ポンドに増大しており、動輪径の縮小比率とこの牽引力の増加率の逆数が一致していることからも、他の部分はセイント型のままであったことが判る。
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