グレート・ウェスタン鉄道1000型蒸気機関車
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グレート・ウェスタン鉄道1000型蒸気機関車はイギリスのグレート・ウェスタン鉄道(Great Western Railway:GWR)が製造したテンダー式蒸気機関車の1形式である。軸配置はテンホイラー(4-6-0あるいは2C)。
各車の固有名から、カウンティ型(County Class)と通称される[1]。
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[編集] 概要
カウンティ型はGWR最後の技師長(Chief Mechanic Engineer:CME)であるフレデリック・ホークスワース(Frederick W. Hawksworth:在任期間:1941年~1947年)によって設計された。
貨客機のホール改型(Modified Hall Class)を基本としつつ、1930年代以降のヨーロッパの鉄道で試みられていた蒸気機関車の性能向上のための様々な新技術を盛り込む形で設計され、セイント型(Saint Class)以来のGWR標準2気筒テンホイラーの基本レイアウトと軸重20t上限、という2つの制約の中で極限性能を引き出すことを目的とした。
つまり、いわば「超ホール改型」として開発されたものであり、スター型(Star Class:Nos.4000-4072)の方法論の究極解となったキング型(King Class:Nos.6000-6029)と対をなすものであった。
1945年から1947年までにGWRスウィンドン工場(Swindon Works)でNos.1000-1029の合計30両が製造された。
[編集] 設計
最大軸重20tの範囲で、それも2気筒で4気筒のキャッスル型を凌駕する高性能を実現するため、ボイラーはキャッスル型のNo.8形(Type No.8)やキング型のNo.12形(Type No.12)とも異なるNo.15形(Type No.15)が新規開発の上で搭載された。
このボイラーはホール改型(Modified Hall Class)で好成績を収めた新型の4列過熱管を導入、No.8形よりも缶胴部を大直径・短煙管化し、更に使用圧力をNo.8形の225ポンド/平方インチからNo.12形の250ポンド/平方インチを上回る280ポンド/平方インチまで一気に引き上げることで燃焼効率を向上した。これにより、No.1型などと比較して大幅な高性能化が実現した。
このボイラーは本来、同時期にホークスワースが設計作業を進めていたパシフィック形(4-6-2あるいは2C1)軸配置の高速旅客列車用新型機関車のために開発されていた技術・設計を流用したものである。そのため、これは最終的には幻に終わったパシフィック機の製造前に、超高圧缶およびその補機群の実働データを収集するためのテストベッドとしての役割も持たされていた。
もっとも、このボイラーは高性能と引き替えにボイラー缶胴の直径増大を伴っており、2気筒で4気筒機に匹敵する牽引力を確保する必要もあって動輪径の縮小を求められた。このため、ホール/ホール改型よりは拡大されたが、それでも同じように動輪径縮小で牽引力を確保したキング型よりも更に3インチ小さい6フィート3インチ(1,905mm)径となっている[2]。
このように、ボイラと動輪、それらに付帯する各種機器は新設計や設計変更が実施されたが、台枠などの基本構造は実績あるセイント型以来の標準設計がほぼそのまま踏襲されている。
[編集] 製造
前述の通り、GWR最後の3年間に30両が自社スウィンドン工場(Swindon Works)で製造されたが、何両かについては固有名の割り当ても完了していたにもかかわらず以後の増備はキャンセルされた。
更に国有化後、本形式と入れ替わりでキャッスル型の量産が再開されており、意欲的な設計とは裏腹に本形式は取り扱いに難があったことが見て取れる。
事実、本形式はその後1956年にボイラーの使用圧力をキング型のNo.12形ボイラーと共通の250ポンド/平方インチに降圧しており、他社や他国での動向[3]も踏まえると、19気圧オーバーの煙管式ボイラーには特に各種補機やパッキンの保守の点で深刻な問題があったと考えられる。
なお、本形式は降圧後の1956年から1959年にかけて、煙突形状とブラストノズルの形状変更[4]が実施され、降圧に伴う通風量の減少による性能低下の補償が実施されている。
[編集] 運用
GWRでは2気筒機であったにもかかわらず、4気筒のキャッスル型と同等性能(パワークラス“D”)と評価され、共通運用に充当された。これに対し、国有化後はその性能・特性差から、貨客両用の“6-MT”[5]と別区分が与えられている。
廃車は1962年から1964年の間に実施され、全車解体処分された。
[編集] 諸元
- 全長 mm
- 全高 mm
- 軸配置 2C(テンホイラー)
- 動輪直径 1,905mm
- 弁装置:
- 内側スティーブンソン式弁装置(ピストン弁使用)
- シリンダー(直径×行程) 406mm×660mm
- ボイラー圧力 19.68kg/cm² (= 280lbs/in2 = 1.93MPa))
- 火格子面積 2.68m²
- 機関車重量 76t
- 軸重 20t
- 炭水車重量 49t
[編集] 固有名
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- 未成車
- 1030 Yorkshire
- 1031 Lincolnshire
- 1032 Bicester
- 1033 Derbyshire
- 1034 Nidderdale
- 1035 Durham
- 1036 Nottinghamshire
- 1037 Airedale
- 1038 Lancashire
[編集] 保存車
前述の通り、本形式は既に全車解体されており、保存車は存在しない。
但し、GWR由来の蒸気機関車を多数保存しているディドコット鉄道センター(DIDCOT RAILWAY CENTER)の手により、原型となったホール改型No.7927 Willington Hallの台枠と、No.15形ボイラーに近い形状のロンドン・ミッドランド・アンド・スコティッシュ鉄道( London, Midland and Scottish Railway:LMS)クラス8F(Class 8F)[6]No.48518のボイラーを使用して本形式を復元するプロジェクトが進められている。
[編集] 脚注
- ^ 「カウンティ」という語は行政区分としての「州」を意味するが、これはその一方でラテン語の「王の従者」に由来する単語でもあり、キング型に対置されるべき本形式の設計意図からすれば実に意味深な命名であった。なお、GWRでは本形式の他にも過去に2種の機関車に対してカウンティ型の名が与えられており、その一方はタンク式機関車であった。
- ^ これらの変更により、気筒数が半減し火格子面積がやや縮小されたにもかかわらず、牽引力がキャッスル型の31,625ポンドから32,580ポンドに引き上げられた。足回りが動輪径以外ほぼ共通(動輪径が小さい分、同じ条件下ではホール/ホール改型の方が牽引力の点では有利となる)のホール/ホール改型の牽引力が27,275ポンドであったことを併せて考えると、No.15形ボイラーの高性能ぶりがうかがえよう。
- ^ 戦前に19~20気圧前後の超高圧煙管式ボイラーを採用したドイツなどの各国の機関車群は、その大半が戦後補機のメンテナンスやパッキンの経時劣化に伴う蒸気漏れに手を焼いて18気圧以下に低圧化している。これは、高圧化で得られるメリットがこれに伴って発生するデメリットを下回っていたということを意味しており、第二次世界大戦後、電化やディーゼル化などの進展で蒸気機関車の絶対性能を極限まで追い込む必要性が次第に薄れつつあったことも影響していた。
- ^ ブラストノズルの2連装化と、煙突の開口部断面の楕円形への改修による開口部増積→通風量増大が図られた。
- ^ キャッスル型は旅客用の“7-P”、ホール・ホール改型は"5-MT"であったから、概ねこれらの中間程度の性能と見なされていたことが判る。
- ^ ウィリアム・ステニアー(Sir William Arthur Stanier F.R.S.)設計によるコンソリデーション形軸配置(2-8-0あるいは1D)の戦時型貨物用機関車。ステニア自身、長くGWRで働き、CMEであったチャールズ・コレット(Charles Benjamin Collett:在任期間:1922年~1941年)の下でキング型の設計に携わるなどその設計プラクティスを学んだ人物であり、クラス8Fのボイラーにもその影響が強く表れている。
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広軌 |
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標準軌 |
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