インドの言語
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インドの言語(インドのげんご、ヒンディー語: भारत की भाषाएँ, 英語: Languages of India)とは、インド連邦の広大な版図で使用されている、多彩で豊かな数多くの言語のことである。
インドは、その地に芽生えた、多様なドラヴィダ語と印欧語の諸言語に加えて、中東及びヨーロッパの言葉を取り込んだ言語的豊かさを誇りとしている。幾つかのインドの言語は、明瞭な個性を持ち、しばしば古代にまでも遡る、豊かな文学伝統を備えている。ベンガル語、ヒンディー語、カンナダ語、マラヤーラム語、マラーティー語、テルグ語、そしてウルドゥー語が、このような文学的言語であり、更に、言うまでもなく、二つの世界的な古典語であるタミル語とサンスクリット語が、またこのような文学的香気高い言語である。
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[編集] インドの「公用語の数」について
まず最初に、インド憲法の条文(第343条)において「インドにおける連邦政府レベルでの唯一の公用語はデーヴァナーガリ文字表記のヒンディー語である」と規定されている。また連邦制を独立以来続けているインドでは、ほとんどの場合(東北地方やカシミール地方など例外を除き)「言語州」という考えに基づき、社会・言語的な区分に応じて州の境界線が引かれている。これら各州の州政府は、州内の地方行政と教育に関してそれぞれ自身の裁量で1つ以上の州公用語を決める自由を持っている。その結果、インド国内では現在多数の言語が各地の州公用語として各州の州政府によって制定されている。
その一方で、同憲法においては第8付則にインドの言語名22が列挙されている。22の言語の公的位置づけを直接定義するような明確な記述がこの付則に関連する部分(第344条、および第351条)をはじめ憲法本文に含まれていない。複数の条文から総合的に判断して「インド政府の後押しによるその言語の文化的発展が望まれる言語」というように解釈される。
現在インド政府法務省の公式サイト上で公開されているインド憲法の第8付則の部分には全部で18の言語が明記されている。しかし、これはウェブ公開版が更新されていないだけで、実際には2004年1月7日の憲法第92修正条項の発効にともない新たに4言語が追加されている。よって現時点では合計で22の言語が第8付則言語として認定されている事になる。
このなかのサンスクリット語やシンディー語などは国内いずれの州・連邦直轄領の公用語にも採用されておらず、他方レプチャ語などは、第8付則および憲法全文に明記されていないがシッキム州の州公用語の一つに採用されている。
[編集] インドの言語の概観
ヒンディー語を筆頭に、ベンガル語、テルグ語、マラーティー語、タミル語、ウルドゥー語、グジャラート語、マラヤーラム語、カンナダ語、オリヤー語、パンジャーブ語、アッサム語、カシミール語、及びシンディー語などが、比較的話者人口の多い言語である(インドの公用語の一覧)。
ヒンディー語はインドの 18%の人々の母語であるが、他方、この言語を話す人口はおよそ 30%に達し、更にヒンディー語を十分理解できる人口は、おそらくこれ以上の数に及ぶと言われている。
ウルドゥー語はインドの隣国パーキスターンの「国(家)語(natioanl language)」(「公用語(official language)」ではなく)でもある。同じように、「バングラ語」(ベンガル語)は隣接するバングラデシュの公用語でもある。
言語学的には、ヒンディー語とウルドゥー語は同じ言語と言える。両者の違いは大きく2点ある。まず見かけ上に大きな点として文字の違いがある。ヒンディー語がデーヴァナーガリ文字で表記されのに対して、ウルドゥー語はアラビア文字で表記される。そしてニュースや新聞などで公的な場面において、ヒンディー語がサンスクリット及びプラークリットを語源とする語彙を積極的に採用しようとするのに対して、同じようにウルドゥー語はペルシア語及びアラビア語起源の単語に多くの語彙を依拠している。もちろん英語起源の語彙も両言語ともに多く用いられる。
この2つの言語の間における差異は、イギリスによる植民地統治から独立運動の時期にかけて高まった「ヒンドゥー」/「ムスリム」という対抗意識の中で政治的に作り上げられていった側面が色濃い。また、この両者を含みこむ名称として、しばしばヒンドゥスターニー語として言及される事もある。これらヒンディー語≒ウルドゥー語≒ヒンドゥスターニー語は、歴史的にサンスクリット語を祖語とし、アラビア語、ペルシア語、トルコ系言語やインド各地の他の言語などの影響を文法・語彙・発音などの面で受け続け形成されてきた言語である。
サンスクリット語とタミル語は、インドの古典語である。サンスクリット語は、ヒンドゥーの祭礼や儀式で重要な位置を占める言語であるが、また前述の憲法第8付則において政府が文化的発展を促進すべき言語として宣言されているものの、宗教的な場面での使用を除きほとんど日常の会話などでは使用されていない。タミル語は、世界全体で 7400万人の人によって話されており、話者のほとんどは、南インドとスリ・ランカの北部沿岸に居住している。タミル語はまた、シンガポールにおいて公用語の一つであり、その隣国マレーシアにおいても(公用語など公的な位置づけでは無いながらも)多くの話者人口を擁している。
「東洋のイタリア語」との異名を持つテルグ語(తెలుగు)は、きわめて古い歴史と文学の蓄積を誇る言語であり、カルナータカ音楽で広く使用される言語でもある。
つまるところ、話者数が少ない何千という小言語に加え、100万人以上の話者を擁する大言語がインドでは、24言語[要出典]存在している。また、印欧語族の言語とドラヴィダ語族の言語に加えて、その他に、多数のチベット・ビルマ語派(シナ・チベット語族内の語派)の言語やオーストロ・アジア語族の言語が、インドで話されている。アンダマン諸島で話されているアンダマン諸語( Andamanese languages )は、明らかにどの語族とも関連性がない(註:日本語版の言語のグループの一覧では、アンダマン諸語はオーストロ・アジア語族に入っている)。
現地言語以外で重要な位置を占めるものとして英語がある。かつてインドがイギリスの植民地であったため、政府行政機構において準公用語の地位を保持しているが、必ずしもインドで(地理的分布としても、階層的分布としても)「広範に」使用されているとは断定しがたい側面もある。1991年に実施された国勢調査の結果では、当時の調査人口の11%が英語を第一、第二、または第三言語として使用していると回答している。
[編集] インドの言語の字母
インドの諸言語は、それぞれに応じた、明瞭な字母(アルファベット)を有している。二つの大きな字母の族は、ドラヴィダ語族の字母群と、印欧語族の字母群である。前者のドラヴィダ語系字母は、大部分が南インドに分布しており、他方、後者の印欧語系字母は北インドに分布している。アラビア文字で表記するウルドゥー語を例外として、インドの諸言語の字母はすべて、インドに固有な文字である。
インド北部の諸言語(すなわち、サンスクリット語、ベンガル語、ヒンディー語など)の文字は、アラム文字(アラム語アルファベット)を遠い祖先として、そこよりの派生文字であると信じている研究者がいる。しかしこれは、アラム文字と北部インドの諸言語の文字における、音や文字の数及び類分けが根本的に異なることより、元々、議論の余地のある理論である(註:日本語版のアラム文字では、インドの文字であるブラーフミー文字等は、アラム文字から派生したと説明されている)。
[編集] 音声学的字母
インドのアルファベット字母が有する著しい特徴は、アルファベットの配列と編成の仕方にある。文字をランダムな順序で並べるラテン語アルファベットとは異なり、インドの字母は、音声学的な原理に従って編成されている。
無声子音 | 有声子音 | 鼻音 | |||
無気音 | 帯気音 | 無気音 | 帯気音 | ||
軟口蓋閉鎖音 | k | kh | g | gh | ng |
口蓋破擦音 | ch | chh | j | jh | ny |
そり舌閉鎖音 | t | th | d | dh | nn |
閉鎖歯音 | t | th | d | dh | n |
両唇閉鎖音 | p | ph | b | bh | m |
移行音と接近音 | y | r | l | w |
摩擦音 | sh | sh | s | h |
この音韻分類は、目下問題としているすべての言語で守られている。更に、それぞれの言語は、当該言語に固有な音を示すための幾つかの特別な文字を有している。同様に、各言語は、複合音を表す幾つかのシンボルを有している。
- a, aa, i, ii, u, uu, e, ai, o, au, um, (a)h
またヴェーダ語(ヴェーダのサンスクリット語)では、次の母音が加わる:
- rr, rrr, lrr, lrrr
この一覧では、同じ母音の短母音と長母音が対になって表示されている( a と aa、i と ii など)。最初の「 a 」は、英語の bus のなかの「 u 」のような音である。つまり、日本語だと「あ」に近い音で、このような母音の並べ方は古代のサンスクリット語文法書で記されているもので、日本語の音韻表である「五十音表」で、「あいうえお, a i u e o 」という順番に表記するのは、このサンスクリットの表記順序に基づいている。(また、この順序は、各々の母音を発音するときの「口の開き具合」の順に並べたものである)。「 a(h) 」はサンスクリット語化された単語に固有で、苦痛や災難を意味する、duhkh(a)h の場合のように、単語の終わりの部分に現れる。
ベンガル語と同様、東インドの言語であるオリヤー語やアッサム語では短母音「 a 」がほとんど「 o 」のように発音されている。
これらの音に関する分類は普遍的である。インドのすべての言語は、それぞれ対応するシンボルを備えており、また同様に、幾らかの変形はあるが、対応する音を有している。実際、少なくとも印欧語族のすべての言語は、対応するアルファベットを備えていると考える誘惑に駆られることがある。幾らかの音の出入りや、時として、行や列の出入りがあるとしても、基本的に上述の「音の行列表」に似たものを有する可能性があるように考えたくなる。
例えば、英語は、第三行の「 t と th 」「 d と dh 」に類似した形態素(モルフィム)を有しているが、これらは二つの音素(フォニーム/フォネメ)「 t と d 」を表すに過ぎない。他方、フランス語では、第三行は欠けており、しかし、第四行の「 t と d 」に類似した形態素が使用されている。
鼻音については、サンスクリット語が明確な系統分類を与えている。上の図は、どれかの行の子音と共に起こる鼻音は、その子音行の音声的特徴を有することを示している。例えば、「 Ganga 」という単語において起こる鼻音化は、最初の行のものである。他方、「 India 」または「 integral 」という単語で起こる鼻音化は、特質上、前(硬)口蓋音(front palatals)である。どのような言語の話者でも、たとえこのことを意識していないとしても、必ず、このような形で発音を行っている。
分類としての「生成された母音」は、むしろ奇妙に見えるかも知れない。ここで信じられていることは、「 y 」の音は、「 ii 」と「 a 」の結合から生まれ、「 w 」の音は、「 u 」または「 uu 」の音を「 a 」と結合して発音しようとして生まれたということである。インドの『リグ・ヴェーダ』における古サンスクリット語には、更に、二つの母音、「 rr 」と「 lrr 」が存在し、これらの母音に対応する長母音もまた存在する。「 rr 」は、フランス語の「 r 」の音に似た喉音で、子音というより寧ろ母音の一種であったようである。「 lrr 」が母音に分類されているのは、謎である。しかし、このような分類によって、(英語の run におけるような)r や、(英語の long におけるような)l が、これらの子音と、母音「 a 」の結合したものだということが分かる。
[編集] ウルドゥー語のアルファベット
ウルドゥー語は、インドの言語のおいだでも独特な位置にある。この言語はサンスクリット語から派生しているものの、言語の多くの部分がアラビア語、ペルシア語に由来している。とはいえ、ウルドゥー語の文法の大部分は、「起源的」には、昔のプラクリット、サンスクリットの文法と結びついている。ウルドゥー語の語彙には多くのペルシア語及びアラビア語起源の単語があり、一部トルコ語、モンゴル語系の単語もある。これはインドに侵入したイスラム勢力が、ペルシア=イスラーム文化の強い影響を受けたトルコ=モンゴル系遊牧民起源であったからである。
「ウルドゥー Urdu 」という言葉は、トルコ語で、「野営」とか「テント」、あるいは「軍事駐屯地」を意味する。おそらく、これらの宿営地は、大部分がペルシア語話者であるムスリムの兵士から成るムガルの軍隊のもので、兵士たちがムスリムであったため、アラビア語が身近に意識されたのであり、兵士たちと地元の人々とのあいだで交流が起こり、やがて新しい混合言語が形成されたのだと言える。
このため、アラビア文字から派生したペルシア文字が、引き続いて、ウルドゥー語で採択され、インドの音韻システムに適合するよう変更が加えられた。この理由で、ウルドゥー語の表記文字は、ヒンドゥスターニ語独特の発音を表す字母を加えたものの、インド固有のアルファベットと何の関係もないアラビア文字となっている。
[編集] インドの言語に関する一覧
インドには非常に多数の言語がある。それらのなかで、216言語が、1万人以上の集団で話されている。
[編集] 外部リンク
- エスノローグ:インドの言語のリスト [英文]
- インドの言語と文字 [英文]
- インド憲法第8付則
- en:Languages of India 01:54, 20 October 2005 の版より翻訳
- contributors: The Anome, LordSuryaofShropshire, Sundar, Thol, Angr, et al.
- 注記)これは、2005年10月20日時点での英語版の記事の翻訳で、現在は多数の編集が加わって、この翻訳とは、かなり異なる内容となっている。(他方、内容的に変化していない部分も多くある)。新しい編集の方がより良くなっていると思えるので、新しく訳し直す必要はないと思うが、適宜、現在の英語版を参考して、修正を加えるのが望ましい(ヒンディー語とウルドゥー語の関係などの記述等)。