アドリアーノ・レイテ・リベイロ
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アドリアーノ・レイテ・リベイロ | ||
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名前 | ||
愛称 | フェノメノ・ドゥエ | |
カタカナ | アドリアーノ・レイテ・リベイロ | |
ラテン文字 | "Adriano" Leite Ribeiro | |
基本情報 | ||
国籍 | ブラジル | |
生年月日 | 1982年2月17日(26歳) | |
出身地 | リオデジャネイロ | |
身長 | 189cm | |
体重 | 87kg | |
選手情報 | ||
在籍チーム | サンパウロFC | |
ポジション | FW | |
背番号 | 10 | |
利き足 | 左足 | |
代表歴 | ||
2000- | ブラジル | 41 (27) 2007年3月28日現在 |
アドリアーノ・レイテ・リベイロ("Adriano" Leite Ribeiro、1982年2月17日 - )は、ブラジルリオデジャネイロ州出身でブラジルのサンパウロFCに所属する、ブラジル代表のサッカー選手。ポジションはFW。ニックネームはインペラトーレ「皇帝」。実在した人物、ローマ皇帝ハドリアヌスと彼の名前をかけた物である。
目次 |
[編集] 略歴
フラメンゴに在籍中の2001年に同年のワールドユースなどでの活躍がスカウトの目に留まり、セリエAのインテルへ入団。
最初のシーズン開幕後、すぐにレンタルされる予定だったが、プレシーズンマッチでレアル・マドリードと対戦した際に決めたFKを見た当時のエクトル・ラウル・クーペル監督が、しばらく手許に置いておきたいと申し出、レンタル移籍は半年見送られた。その時のFKはアドリアーノ本人もベストゴールの1つに挙げている。
その後、フィオレンティーナへレンタル移籍し、1年でインテルへ戻るが、今度はパルマへ移籍した。
パルマでは、アドリアン・ムトゥ、中田英寿と共に前線を形成し、得点を量産。その活躍が認められ、再びインテルへ移籍し、獅子奮迅のパフォーマンスを見せてエースに成長。特に、父の死を乗り越えた後の活躍は素晴らしく、ゴール後に両手で天を指すようになった。2004年南米選手権と2005年FIFAコンフェデレーションズカップでは共に得点王とMVPに選ばれるなどの大活躍で同国を優勝に導きブラジル代表におけるポジションを確固たるものとした。
2006 FIFAワールドカップでは2得点を上げたが、不完全燃焼に終わり評価を下げた。2006-2007シーズンは長きにわたって無得点を続け、クラブから休養を命じられた上、私生活のトラブルや怪我、監督との不和もあり、優勝戦線の先頭を走るクラブのお荷物扱いされた。12月23日の対アタランタ戦で実に9ヶ月ぶりのゴールを決め、その後も年明けにかけて復調の兆しを見せたが、2月に脹脛を負傷、3月にはディスコでの乱闘が報じられるなどトラブルは相変らずで、放出の噂が絶えなかった。本人は当時の不調を、父の死や恋人との破局から酒に溺れたことが原因と語っている。
クラブはオフに新たなFWを補強、また欧州CLの登録メンバー(25人)から外されるなど厳しい状況で2007-2008シーズンを迎えたが、10月のレッジーナ戦で交代を命じられ不満を露にすると、その後の練習を無断欠席して物議を醸した。表向きはことあるごとに擁護してきたマンチーニ監督からも移籍を薦められるなど四面楚歌の状況の中、11月には鬱病治療のカウンセリングのためにブラジル入りしたが、12月にはサンパウロに半年間の期限付移籍が発表され、そのまま母国に残ることになった。なお、イタリアでは2006年、2007年と2年連続で、年間最悪選手「金のバケツ賞」を受賞している。
2008年1月17日、サンパウロ州選手権の初戦グアラチンゲタ戦で2ゴールし早々と復活をアピール。ブラジルのメディアもインペラトーレ復活と喝采した。翌月10日のサントスFC戦で相手DFに頭突きを行い2試合の試合出場停止処分を受け、その後も規律を乱す問題行動から40%の減俸を受けるなどトラブルも続いたが、3月以降は概ね好調を続け、復調を印象付けた。
サンパウロとの契約は7月10日まで残っていたが、6月に解消され、インテル復帰が決定的となっている。
[編集] プレースタイル
桁外れた身体能力を持ち、大抵130km以上は出るという強烈なシュートでゴールを奪う。恵まれた体格と身体能力、足元の技術に上手さを併せ持つものの、1対1のシュート、ポジショニング、DFとの駆け引きなどのストライカーに必要な技術は高くないためゴールアベレージは低い。
[編集] その他
- 少年時代はDFで主に左サイドバックを務めていた。
- ゴールを決めたあと頻繁に行う、空を見ながら両手で指差すゴールパフォーマンスは、亡くなった父にゴールを捧げる意味で行っているものである。
[編集] 所属クラブ
ブラジル代表 - 2006 FIFAワールドカップ | |
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1 ジーダ | 2 カフー | 3 ルシオ | 4 フアン | 5 エメルソン | 6 ロベルト・カルロス | 7 アドリアーノ | 8 カカ | 9 ロナウド | 10 ロナウジーニョ | 11 ゼ・ロベルト | 12 ロジェリオ・セニ | 13 シシーニョ | 14 ルイゾン | 15 クリス | 16 ジウベルト | 17 ジウベルト・シウバ | 18 ミネイロ | 19 ジュニーニョ | 20 リカルジーニョ | 21 フレッジ | 22 ジュリオ・セザル | 23 ロビーニョ | 監督 パレイラ |