アセトアルデヒド脱水素酵素
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アセトアルデヒド脱水素酵素(アセトアルデヒドだっすいそこうそ、ALDH; EC 1.2.1.10)は、摂取したエチルアルコールの代謝によって生じるアセトアルデヒドを、酢酸に分解する代謝酵素。アセトアルデヒドデヒドロゲナーゼとも。アルデヒド脱水素酵素の一種。
飲酒により体内に入ったエチルアルコールは、胃や小腸から吸収され肝臓内のアルコール脱水素酵素によりアセトアルデヒドへと分解される(式1)。アセトアルデヒド脱水素酵素は肝臓内においてアセトアルデヒドを酢酸に分解する酵素である(式2)。
- CH3CH2OH + NAD+ → CH3CHO + NADH + H+ …… (1)
- NAD+ : ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの酸化型
- NADH : ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの還元型
- CH3CHO + NAD+ CoA → + acetyl-CoA + NADH + H+ …… (2)
こののち、酢酸はさらに二酸化炭素と水に分解され、最終的に体外へと排出される。
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[編集] 遺伝子多型
アセトアルデヒド脱水素酵素 (ALDH) は、517個のアミノ酸から構成されるたんぱく質である。このうち487番目のアミノ酸を決める塩基配列の違いにより、3つの遺伝子多型に分かれる。グアニンを2つ持っているGGタイプと、グアニンの1つがアデニンに変化したAGタイプ、2つともアデニンになったAAタイプである。GGタイプのアセトアルデヒド脱水素酵素に対し、AGタイプは約1/16の代謝能力しかなく、AAタイプにいたっては代謝能力を失っている。
アセトアルデヒドは毒性が強く、悪酔い・二日酔いの原因となる。つまりアセトアルデヒド脱水素酵素の活性が弱いということは、毒性の強いアセトアルデヒドが体内で分解され難く、体内に長く留まるということであり、AGタイプ・AAタイプは、アセトアルデヒドの毒性の影響を受けやすい体質である。そのため、一般的にこのタイプの人は、酒に弱い人、もしくは酒を飲めない人と言われている。
ALDHの遺伝子多型は生まれつきの体質であるが人種によってその出現率は異なり、AGタイプ(酒に弱いタイプ)・AAタイプ(酒が飲めないタイプ)はモンゴロイドにのみ、それぞれ約45%、約5%認められる。 これに対しコーカソイド(白人)・ネグロイド(黒人)・オーストラロイド(オーストラリア原住民等)は全てGGタイプ(酒に強いタイプ)である。
筑波大学の原田勝二らは、ALDHのひとつALDH2を作る遺伝子によって酒の強さが体質的に異なるとされることに注目して、全都道府県の5255人を対象に、酒に強いとされる遺伝子の型NN型を持つ人の割合を調査、順位づけた。その結果、NN型の人は中部、近畿、北陸で少なく、東西に向かうにつれて増加、九州と東北で多くなる傾向があった。すなわち、秋田県が最多で77%、鹿児島県と岩手県が71%でこれに続き、最小は三重県の40%、次に少ないのは愛知県の41%であった(原田勝二インタビュー)。
一般的には、酒に弱いということは生活(生存)に不利だと思われているが、人類のアフリカ単独起源説に基づけば、モンゴロイドのこの遺伝子の突然変異は、モンゴロイドがコーカソイドやオーストラロイドから分技してから生じた突然変異であり、それ以降ごく短期間の間にモンゴロイドの約50%にまで広まったことは驚くべきことである。そのことからも、この酒に弱くなるというアセトアルデヒド脱水素酵素の突然変異は、極めて生存に有利だったのではないかと推察される。この理由として、アルコール依存症等のアルコール性疾患の発症リスクが、酒に強いタイプの方が高いためという学説が提示されている。またそもそも酒が飲めなければ、酔って喧嘩をする、酔って冬の屋外で寝込んでしまう等の、生命にかかわるようなトラブルも回避できたはずである。
[編集] ALDHのタイプ別飲酒の注意点
- GGタイプ(酒に強いタイプ)
- このタイプは酒に強いと思われているが、実際は、アルコールが体内で代謝された後に生じる、毒性の強いアセトアルデヒドを速やかに分解できるだけである。つまり、摂取したアルコールの濃度に応じて、実際には脳が麻痺しており、アルコールによる本来の酔いに変わりがあるわけではない(酔いとは、アルコールによる脳の麻痺であり、アルコールが分解された後に生成されたアセトアルデヒドの分解能力とは関係が無いため)。GGタイプがアルコール依存症になるリスクはAGタイプの6倍と言われており、事実、日本のアルコール依存症患者の9割弱はこのGGタイプである。さらに、GGタイプしか存在しない白人・黒人の社会である欧米では、アルコール依存症が深刻な社会問題となっている。
- また、危険運転致死傷罪を起こすものにはこのタイプが多いといわれている[要出典]。
- AGタイプ(酒に弱いタイプ)
- このタイプは、アルコールが体内で代謝された後に生じる、毒性の高いアセトアルデヒドを分解する能力が弱い。そのためアセトアルデヒドの影響を長時間受け続けることなり、飲酒に伴う各種疾患を罹患し易いと考えられている。事実、各種疫学調査により、同じ量の飲酒を継続した場合で、咽頭がん・大腸がん等の飲酒習慣と関連すると考えられている疾患の発症率が高いことが知られている(AGタイプがアルコール性のガンを罹患するリスクは、GGタイプの1.6倍といわれている)。AGタイプがアルコール依存症になる可能性は低いが、同じ量の飲酒を継続した場合、やはりGGタイプよりも短期間でアルコール依存症になることが知られている。
- AAタイプ(酒が飲めないタイプ)
- 酒が飲めない下戸であり、飲酒は厳禁である。
なお近年の研究により、ALDHのタイプだけではなくアルコールデヒドロゲナーゼ (ADH) のタイプでも、アルコール依存症や各種アルコール性疾患に罹患する確率が変わってくることが分かってきた。ALDH2 欠損型と ADH1B 低活性型が最悪の(もっとも酒に弱い)組み合わせであり、日本人の2-3%がこのタイプであるといわれている。
[編集] 出典
- IUBMB entry for 1.2.1.10(英語)
- BRENDA references for 1.2.1.10 (英語)
- PubMed references for 1.2.1.10(英語)
- PubMed Central references for 1.2.1.10(英語)
- Google Scholar references for 1.2.1.10(英語)
[編集] 外部リンク
- Atomic-resolution structures of enzymes belonging to this class(英語)
- 遺伝子が教えるアルコール依存症のリスク Seeking the Connections: Alcoholism and Our Genes (SCIENTIFIC AMERICAN April 2007) [1]
- ALDHとADHの組み合わせによるリスク(アルコールと発癌:国立病院機構久里浜アルコール症センター)[2]