鳴門海一行
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鳴門海 一行(なるとうみ かずゆき、1926年1月1日 - )は、兵庫県三原郡北阿万村(現在の南あわじ市)出身で春日野部屋所属の元大相撲力士。本名は武岡一行(たけおか かずゆき)。身長183cm、体重87kg。得意手は右四つ、下手投げ。最高位は前頭筆頭。
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[編集] 来歴
春日野部屋に入門し、1942年5月場所に初土俵をふむ。1947年11月場所新十両、1949年10月に入幕し、それから1961年1月場所限りで引退するまで幕内在位44場所をかぞえた。三役には上がれなかったが、軽量ながら長く活躍し、横綱鏡里が苦手にしていたことで知られる(金星を3個獲得している)。1956年9月には、鏡里が14勝1敗で優勝したが、その1敗が鳴門海との対戦だった。
腰をしっかり割って両手ですねを擦りながら手を下ろし、同時に両足の親指を折り曲げてじりじりと寄る独特の仕切りは、「狛犬型」仕切りと呼ばれ人気を博した。また右四つから左手で前まわしを取る相撲を得意とし、師匠(横綱・栃木山)からは、「前さばきだけだったら、栃錦よりうまい」と言われた。
引退後は、年寄・竹縄を襲名して春日野部屋の部屋付き親方をして後進の指導にあたり、1970年1月から1990年(平成2年)12月まで丸21年間、相撲教習所の教官として新弟子の指導に力をつくした。1990年12月31日、無事停年を迎えた。停年退職後は慶應義塾大学相撲部師範を務めるとともに、1993年1月には文部省からスポーツ振興に功績があった人に贈られる「スポーツ功労者」文部大臣表彰を受賞した。
[編集] 主な成績
- 幕内在位:44場所
- 幕内成績:296勝359敗1痛分4休 勝率.452
- 三賞:殊勲賞1回(1956年5月場所)、技能賞1回(1953年3月場所)
- 金星:3個(鏡里3個)
- 各段優勝:十両1回(1949年1月場所)
[編集] 改名歴
- 武岡 一行(たけおか かずゆき)1942年5月場所-1946年11月場所
- 鳴門海 一行(なるとうみ -)1947年6月場所-1961年1月場所