立川キウイ
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立川 キウイ(たてかわ きうい、1967年1月11日 - ) は落語家、映画俳優。本名、塚田 洋一郎(つかだ よういちろう)。東京都板橋区出身。落語立川流所属。立川談志直門。2007年7月1日付で二つ目に昇進。
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[編集] 略歴
[編集] 入門まで
中学・高校時代は「無頼な表現者」として太宰治や檀一雄に憧れ、下駄で登校し笑われるなどのエピソードを持つ。漫才ブーム到来で「芸人こそ現代の無頼」と考え、ブームの立役者であるビートたけしが立川錦之介として所属する落語立川流と、その家元である7代目立川談志の存在を知る。専門学校卒業後に弟子志願するも「100万円貯金してからこい」と追い返され、4年かけて100万円貯めて再訪する。しかし談志はそのこと自体をすっかり忘れていた。
1990年12月、立川談志門下入門、立川キウイを名乗る。ちなみに談志にとってキウイフルーツとは「フグリ(陰嚢)に似た果物」との認識。
[編集] 二ツ目昇進取り消し
- 2007年4月10日に二ツ目昇進の内定がもらったが、キャンセルされた。昇進試験がいい加減であったため、試験そのものをやり直すことになった。入門から二ツ目昇進(2007年4月10日)まで、16年もの前座生活。同一の門下において足掛け16年の前座歴を持つ落語家は、戦後では他には皆無である。
[編集] 破門
前座時代に3回破門されている。
2002年5月、談志より「二つ目への昇進意欲が感じられない」として他の前座(談修、志加吾、談号、談大、談吉)とまとめて破門される。2003年5月、談志により一門復帰試験と二つ目昇進試験が行なわれるが不合格(談修のみ復帰と二つ目昇進が認められる。これを機に志加吾と談号は立川流から脱退し、名古屋の雷門小福門下に移籍し、雷門獅篭と雷門幸福に改名)。
2004年1月、一門の新年会席上で再度復帰試験が行なわれる。しかし師匠について稽古した踊りは真打の兄弟子から「ラジオ体操」と評されるレベルであり、窮した談志は判断を真打達に委ねる。当初は厳しい意見が相次いだが、二つ目ではなくあくまでも前座としての復帰を認めるかどうかであるとの条件提示が談志からあり、談志の意を汲んだ立川志の輔の音頭取りで、ようやく立川談志門下復帰を許される。
[編集] 人物
前座という立場ではあったが、真打がトリや独演会で掛ける「紺屋高尾」などの大根多を勉強会の高座にかけた事があるなど、落語に対しては意欲的である(一般には前座が真打のネタを高座に掛けるのは禁じられている)。しかし寄席がない立川流のために、高座の機会は極端に少ない。破門期間中は一度も勉強会などを開かなかった。本人の弁によると、勉強会の日と復帰試験の日が重なってはいけないからとの配慮から。
高座は月に1回こなすかどうかも怪しいペースながら、映画は近所の映画館のレイトショー(料金が割引になる)を中心に、年間200本前後を鑑賞していると豪語し、実際に自身のウェブサイトではその感想をアップしていた。また、映画館の鑑賞以外にも、レンタルビデオもかなりの数を借りて鑑賞している。なお、現在は実家で暮らし、サラリーマンの父親の扶養家族という立場である。
主な収入源は、立川流の若手が代々引き継いでいる、師匠・談志が懇意にしている銀座クラブでのバーテンダーのアルバイトである。
2000年ごろからPHSを使った長文の日記を公式サイトにほぼ毎日アップしていたが、他人の個人情報が漏れるような知人からのメールの無断転記や、アルバイト先のバーに訪れた芸能人の内輪話を勝手に公開するなど、内容に関してはサイトの管理人からもたびたび苦言を呈される。しかし反省がないのか、つげ義春の作品から内容を剽窃したり、他人の映画評をほぼそのまま引き写し盗作した際には掲示板にも批判が殺到して、ついに掲示板は閉鎖に至った。 映画評も、当初はポップコーン・ムービー呼ばわりしていた作品を、映画評論家としても評価が高い兄弟子の2代目快楽亭ブラックが絶賛した途端に最初から褒めていたように装い、後に過去ログを削除するという行為に及ぶ。映画評盗作の日記ログも、ほとぼりが冷めた頃に削除しており、このような態度に呆れたのか、長らく務めた管理人が交替し、しばらく後に公式サイトは一度閉鎖される。二つ目昇進後にサイトは再開されたが現在の公式サイトには日記も掲示板もない。2007年秋から公式ブログを始めるが、コメント欄や掲示板は設置されていない。
雷門獅篭が談志門下所属中に立川志加吾の名前でモーニングで連載していた漫画『風とマンダラ』で、個性的な兄弟子として描かれたことにより、知名度は全国区になる。また、快楽亭ブラック (2代目)の新作「イメクラ五人廻し」にも実名で登場し、サゲの決定的な要因となっている。
[編集] 映画俳優
「歓喜の歌」(2008年2月2日公開)に映画俳優として出演している。正規の役者としてロールにも出ており、その芸名は塚田ではない。