移調
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移調(いちょう)とは音楽の用語で曲全体の調を変えて演奏することをいう。例えばハ長調の曲すべての音を長2度上げることによってニ長調の曲として演奏することをいう。
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[編集] クラシック音楽、ジャズの移調
移調が頻繁に行われるのは、歌曲である。人の声は体格その他によって音域が違うために、同じ作品を調性を変えて演奏するのである。ただしクラシック音楽では、歌手の都合に合わせてそのたびに移調することは通常行われない。このために、多くの歌曲でさまざまに移調された楽譜が出版されているが、これがなければ移調した楽譜を作製するか、移調していない楽譜を見ながら移調奏しなければならない。
[編集] 移調技術
これは伴奏ピアニストの大きな課題であり、難関である。しかしながら、バーやクラブなどで演奏するピアニストや、ジャズの演奏を職業とする器楽奏者は、覚えている曲をいつでも任意の調に移調して演奏することは、当然の演奏能力として身に付けているのが通常である。また、移調楽器の奏者は、奏者が用いている楽器とは別の調で楽譜が書かれていることがしばしばあり(たとえば変ロ調のトランペットを使用している奏者がホ調で書かれている楽譜を演奏するなど)、目の前の楽譜を即座に別の調に移調して読んで演奏する能力が求められる。この作業は移調読みとして知られている。
[編集] その他
この他、ある楽器の楽譜を他の楽器に編曲するときには、楽器の音域や特性に合わせて移調することが多い。ただし、オクターブ単位で音を変えるときには、調が変わるわけでないので「移調」とは呼ばない。移調を行っても、全体が同じように音の高さを変えているのであるから、音楽の本質が変化するわけではない。
現代音楽では原則的にこの移調が使えず、これが20世紀音楽の最大の損失ではないかという見方も強い。ジャチント・シェルシの「山羊座の歌」は、この問題を回避するために「移調」が行われる、稀有な現代歌曲である。
[編集] 移調楽器
一部の楽器は、譜面に記された音と実際に演奏する音が一定の音程をもってずれている。このような楽器を移調楽器と呼ぶ。例えばB♭管のトランペットで「ド」の音を鳴らすと、実際に出てくる音は「シ♭」である。
[編集] ピアノの場合
ピアノの自然な運指にはロ長調が最適である。ロマン派音楽でピアノ曲に嬰記号、変記号が調号に多いのはこのためである。作曲家を悩ませており、難解な譜面で愛好家に理解されないのは困るが、演奏は簡単なほうがよいというジレンマから移調譜を自ら用意した例も多い。(シューベルトの例)
[編集] 移旋
移調と似た概念に、移旋がある。これは、たとえば長調を短調に、短調を長調に、変化させることを言う。変奏曲などでは、変奏のうちのいくつかを移旋したものとすることがある。
[編集] 邦楽の移調
邦楽の雅楽では、かつて陰陽五行説に基づき、調には季節による禁忌があり、そのため、ある楽曲をその調にふさわしくない時期に演奏するため、移調が行なわれた。これを「渡しもの」という。ただし厳密に同じ旋律が移されるのではなく、楽器の音域的制限から、元調の曲から旋律が変形されたものが固定している。これがかえってまた喜ばれた。
近世邦楽のほとんどのジャンルは絶対音高の音楽ではないので、同じ曲でも特に歌い手の音域によって調が違うことは珍しくない。この場合三味線、箏、胡弓、琵琶(ただし薩摩琵琶、筑前琵琶)は解放弦に調の主要音を設定するので、移調に合わせ、調弦そのものをスライドさせる。たとえば、ある曲がDを主音とする調である場合、三味線の調弦は D - A - D(二上りの場合)となるが、もし同じ曲を C# を主音とする調で演奏する場合は、調弦も C# - G# - C# となる。また尺八や篠笛もそれに合わせて長さの異なる楽器が使われる。したがって、移調しても楽器演奏の感覚は弦、管いずれの楽器でもあまり変わらない。
またこれとは別に、原曲を異なった調弦法で演奏するために、移調的な編曲が行なわれることがある。例えば『六段の調』の三味線は「本調子」という調弦法で演奏されるのが普通だが、これを「二上り」という調弦法で演奏できる編曲がある。これは完全五度上への移調といえる。