王朝
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王朝(おうちょう)とは、君主制において支配に連続性のある継承を行った歴代君主の集合を指す。
通常、継承は世襲により行われるが、マムルーク朝のように実力者が跡を継ぐ体制の例もあった。王朝の存在時から、その王朝名で知られている場合もあるが、後の歴史家により命名され、一般に認識されたものも多く、王朝の区切りや王朝とみなすかどうかは、後世の歴史家によって最終的に判断されるものである。
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[編集] 中華文明圏
王朝は同姓の一族による一連の世襲を指し、王朝ごとに国号が違うため、国号が王朝名として使われることが多い。相続は男系継承であり、かなり血統が離れた相続も可能だが、一旦滅亡したものを再興した場合は、前漢、後漢のように区別するのが普通である。 王朝の交替は別姓の者が放伐か禅譲により新たな君主となることを意味する(易姓革命)。 中華文明圏の影響(元号の制定など)を受けた王朝のうち、現在残っているのは日本の皇室のみである。
[編集] ヨーロッパ
王朝が同一家名の君主の連続によるものと定義され、家名が王朝名となるが、中世以前には正式な家名が無い場合が多く、後世の歴史家が適当に名づける場合もある(その王朝で最も有名な君主の名前や、王朝の出身地名など)。
直系が断絶して傍系継承や女系継承が起きた場合も家名が変わるため王朝の交替となるが、この場合は支配の連続性は維持されることが多い。ヨーロッパの王家は武力で滅亡する例は少なく、ほとんどが直系の断絶による家名の変更である。
[編集] 例
例えば、日本の徳川将軍家で八代将軍吉宗が紀州分家から入ったり、応神天皇5世の子孫として継体天皇が即位したりするのは、ヨーロッパ風の見方では別王朝とみなされる。一方、フランスのカペー朝、ヴァロア朝、ブルボン朝は中華文明風の見方では同一王朝である。
[編集] 最古の王朝
上記のように、王朝の区切り方は世界各地で異なるが、歴史上存在した全ての王朝(伝説上のものは含まない)で最も長いのは日本の皇室とされており、欧州の現存王朝の中では、デンマークのグリュックスブルス朝が最も古い。
[編集] 派生
現在でも、世襲(および同族経営)が行われる財閥企業グループ、家元制や世襲政治家の家系などにおいて比喩的に使われる場合がある。例:ケネディ王朝、金王朝