源氏物語古系図
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源氏物語古系図(げんじものがたりこけいず)とは、『源氏物語』の登場人物を実在の人物と同様に系図の形式で書き表した源氏物語系図(げんじものがたりけいず)のうち、三条西実隆が整えたとされるもの以前のものをいう。
目次 |
[編集] 概要
日本文学史上の傑作『源氏物語』は54帖より成る長編であり、非常に多くの人物が登場する。しかも、源氏物語の登場人物の中で本名(と思われるもの)が明らかなのは身分の低い光源氏の家来である藤原惟光と源良清くらい(玉鬘を含める説もある)であり、光源氏をはじめとして大部分の登場人物は本文中にはその官職や居住地などのゆかりのある場所の名前に由来する「呼び名」しか記されていない。さらには「一の宮」(これは単に天皇の長男というだけの意味であり、全ての天皇にそれぞれの「一の宮」が存在しうる。)や「女三宮」といった普通名詞でしか記されていない登場人物も少なくない。そのため、同じひとりの人物を指し示す表現が巻によって、場合によっては一つの巻の中でも様々に異なっていことが多く、主要な登場人物で一つの呼び方しか無い人物はむしろほとんど無いといってよい状況であり、逆に同じ表現で表される人物が出てくる場所によって別の人物を指していることも数多くある。そのため、ある表現で記されている人物が誰のことを指しているのかをさまざまな状況から判断しなければならない場合も少なくない。このような状況から、源氏物語の読者のために、その登場人物を系図の形で整理して書き表したものが作成されることになったとみられる。
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて作成されたと見られるものが現存しているため、このような「源氏物語系図」は院政期にはすでにまとまったものが作成されたと考えられている。
なお、1060年ころに成立した更級日記の逸文と伝えられるものの中に、作者である菅原孝標女が1020年頃に『源氏物語』を読んだ際、「譜をぐして」(「譜」と呼ばれるものを手元に置いて(読んだ))とする記述がある。この、「譜」と呼ばれているものはおそらく源氏物語を読むに当たって役立つ何らかの書き物を表していると考えられるが、具体的にどのようなものであったのかは明らかではない。一般には「年立」と呼ばれている、後の『源氏物語』の版本や現代の印刷本に付けられている作中での出来事を年表のような形で著したものの原型のようなものではないかとされているが、系図のようなものである、あるいは年立とともに系図のようなものを含んだものであるとする見方も存在する[1]。
湖月抄をはじめ、江戸時代に入ってから出版された木版本による源氏物語にも登場人物の系図が付されることが通例となり、その伝統は明治時代以後に活字によって出版された源氏物語にも引き継がれている。現代では本文とは独立した形で年立等と共に便覧やハンドブックのような形で提供される源氏物語系図も多く存在する。
三条西実隆の編集によって削られることになるが、源氏物語古系図には共通して「朧月夜」について他の人物と比べると異例なほどの長文の解説が付されているなど、現存するものは読者それぞれが自分の理解に基づいて作成したとすると考えられないほどに言い回しなどが共通しているため、院政期には成立したと考えられる祖本が存在しており、そこから時には修正を加えられながらも写されていったのであろうと考えられている。また、三条西実隆による古系図の「整理」も、一から全面的に作り直したのではなく、それまでに存在した源氏物語古系図の一本に証本にしようとして自らが整えた青表紙本の(三条西家系統の)本文に合うように手を加えるという形で行われたにすぎないと考えられている。
[編集] 分類
「2百5,6十種の伝本を調査した」とする池田亀鑑は「発達史的観点」から源氏物語系図を以下の3つに分けた。それぞれ、『源氏物語』の注釈史の中での「古注」、「旧注」、「新注」に対応していると考えられる。
- 「すみれ草」以後のもの
- 三条西実隆による「実隆本」(長享2年(1488年)の奥書を持つ)以後のもの
- それ以前のもの(古系図)
なお、古系図について、池田亀鑑は「九条家本」系統、「為氏本」系統、「正嘉本」系統の3系統に、常磐井和子は「九条家本」系統とその他の2系統に分類している。
「すみれ草」とは文化9年(1812年)に本居宣長の弟子である北村久備が著した「すみれ草」(上巻と中巻は『源氏物語』の系図、下巻は年立からなる三巻本)に収録された系図のことである。
その他1巻物と2巻以上に分かれているもの、巻子形態のものと冊子形態のもの等に分けることが出来る。
[編集] 意義
登場人物の同一性などについての源氏物語の本文の解釈について、さまざまに解釈が分かれる可能性がある中、系図を作成するためにはどのような解釈をとるのか決める必要があるため、古い時代に作成された源氏物語古系図を見るとその系図を作成した者が源氏物語の本文についてどのような解釈をとったのかが明らかになり、古い時代の源氏物語の解釈がどのようなものであったのかをある程度推測することができる。
また、「雲居の雁」、「落葉の宮」、「朧月夜」、「軒端荻」、「浮舟」、「柏木」、「玉鬘(夕顔尚侍)」、「夕霧」、「秋好中宮」、「髭黒」、「葵の上」といった登場人物の呼称中で本文中に現れず、『源氏物語』が読まれる中で使われるようになってきた名前がいつ頃から使われるようになったのかを知る手がかりにもなる。
[編集] 巣守物語
「鶴見大学蔵本古系図」など、古い時代の源氏物語系図の中には、「蛍兵部卿」(これは現行の源氏物語の本文にも存在する人物である)の孫として、現在一般に流布している源氏物語の本文の中には見られない「巣守三位」なる人物とその事績が記載されているものがある。それらによると、「巣守三位」とは、匂宮と薫の二人からともに求愛されるという現行流布本での浮舟を思わせるような存在である。(但し巣守三位は薫と結ばれて男子をもうけたあとで隠棲生活に入ったとされており、この点は現行の源氏物語の浮舟と大きく異なっている。)またこれらの「巣守三位」についての記述は現行の源氏物語54帖の中には無い「すもりの巻」なる巻が存在し、その中に描かれているとされている。また、「源氏物語小鏡」などの一部の古注釈にも「すもりの巻」や「巣守三位」にふれているものが存在する。この巣守物語については、宇治十帖を踏まえた後人の補作であるという説と、本編と同じ作者により光源氏死後の物語として「すもりの巻」を含む巣守物語が一度書かれたが、何らかの理由で破棄され、その後改めて浮舟を中心とした現在の宇治十帖が書かれたのではないかとする説が存在する。
[編集] 主な源氏物語古系図
- 九条家本古系図
- 成立時期は鎌倉時代初期を下らない時期で、おそらく字体などから平安末と見られる、現存するものの中では最も古いと見られる古系図である。冒頭と末尾が欠けている。
- 伝二条為氏本古系図
- 成立時期は鎌倉時代中期を下らないと見られる。旧前田家蔵。
- 末尾に「のりのし」、「すもり」、「さくら人」、「ひわりこ」といった現在流布している源氏物語に含まれない巻名をあげ、「これらはつねになし」と記している。
- 正嘉本古系図
- 正嘉2年(1258年)の書写と伝えられる。天理大学図書館蔵。
- 鶴見大学蔵本古系図
- 室町時代末期の書写と見られるが、内容的には正嘉本古系図に近い。巣守三位についての詳細な叙述がある。
[編集] 翻刻本
- 『源氏物語大成 13資料篇』池田亀鑑編著(中央公論社)
「九条家本古系図」、「伝二条為氏本古系図」、「正嘉本古系図」を収録している。 - 「九曜文庫蔵源氏物語享受資料影印叢書 10 源氏薫香考・源氏雨夜立聞・雨夜滴・すみれ草」2007年10月 ISBN 4-585-00843-8
[編集] 脚注
- ^ 今井源衛「源氏物語の研究書 - 松平文庫調査余録」谷崎潤一郎訳源氏物語愛蔵版巻4付録(中央公論社、1962年2月)『今井源衛著作集 12 評論・随想』(笠間書院、2007年12月5日) ISBN 978-4-305-60091-2 に収録
[編集] 参考文献
- 『源氏物語系図とその本文的資料価値』池田亀鑑(「学士院紀要」第9巻第2号 1951年(昭和26年)7月)
- 『本文資料としての源氏物語古系図』『源氏物語大成 12研究篇』池田亀鑑編著(中央公論社)
- 『「源氏物語古系図」と「巣守物語」の周辺』中田武司 (上)中古文学第十五号 (1975年5月30日)(下)中古文学第十六号 (1975年9月30日)
- 『源氏物語古系図の研究』常磐井和子(笠間書院、1973年3月)
- 『藤原家隆筆・源氏系図』中田武司編(専修大学出版局、1980年)
- 『源氏物語古系図の伝えるもの』常磐井和子(「源氏物語講座8 源氏物語の本文と受容」勉誠社、1992年12月25日) ISBN 4-585-02019-5
- 『擬作の巻々』神田龍身(「源氏物語講座8 源氏物語の本文と受容」勉誠社、1992年12月25日) ISBN 4-585-02019-5
- 『源氏物語 注釈書・享受史事典』井伊春樹編(東京堂出版、2001年9月15日) ISBN 4-490-10591-6
- 「『源氏物語』巣守巻関連資料再考」(『平安文学の新研究―物語絵と古筆切を考える』)久保木秀夫(新典社、2006年9月) ISBN 978-4787927156
- 『巣守の物語と宇治十帖』、『散逸「桜人」と「巣守」 』「稲賀敬二コレクション (1)物語流通機構の構想」(笠間書院、2007年5月31日) ISBN 978-4305600714
- 『巣守物語と博雅三位 源氏物語傍流構想の人物設定とモデル』「稲賀敬二コレクション (3) 『源氏物語』とその享受資料」(笠間書院、2007年7月30日) ISBN 978-4-305-60073-8