殺人罪
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殺人罪(さつじんざい)とは人を殺すことによって成立する犯罪である(殺人も参照)。
目次 |
[編集] 概説
他人を殺害することは、近代の社会においておおむね普遍的に「好ましくないこと」とされている。そのため、殺人は多くの国で犯罪として規定されており、殺人をした場合には殺人罪に問われる。近代社会では人命は高い価値を持つとされているため、殺人罪はほぼ例外なく重い犯罪として規定されている。
ただし、他人を殺したら犯罪として処罰するということについては近代社会ではおおむね共通しているものの、細かなところでは各国で扱いが異なる部分がある。「殺す意思があって殺した場合と殺す意思がなかったが死んでしまった場合との違い・その間の線引き」や「人を殺しても処罰されない場合の規定」などの部分である。また歴史的には、他人を殺すことが犯罪であるというのは常識であったとはいえない。
以下、日本における殺人罪の規定と、諸外国における規定について説明する。
[編集] 日本法における殺人罪
日本法では、殺人罪は、刑法199条に規定されている。
参考
- 刑法 第二十六章 殺人の罪
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- 第199条(殺人)
- 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
- 第200条 ※注:尊属殺重罰規定。後述
- 削除
- 第201条(予備)
- 第百九十九条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の懲役に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。
- 第202条(自殺関与及び同意殺人)
- 人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の懲役又は禁錮に処する。
- 第203条(未遂罪)
- 第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。
[編集] 法定刑
法定刑は死刑、無期懲役又は5年以上の有期懲役のいずれかである。情状によって、この中から選択される(2004年の刑法改正により、従来の「3年以上」から刑の下限が引き上げられた)。
もちろん、法律上の減軽や酌量減軽により5年未満の刑を宣告することは可能である。
[編集] 適用範囲
一般に、日本法は属地主義(犯罪行為が行われた場所が日本国内・日本船籍船内・日本籍航空機内で行われた場合に処罰する)を原則としている。しかし人命はきわめて貴重なものであるがゆえに、殺人罪については、属地主義に限定せず広い範囲での処罰が行えるもののひとつであると定めている。
日本国民が国外で人(日本人だけでなく外国人も含む)を殺した場合のほか、日本国民が国外で殺害された場合にも、殺人罪は成立する(刑法3条、刑法3条の2)。
[編集] 保護法益・客体
本罪の保護法益は人の生命であり、客体(対象)は「人」(自然人)である。行為者以外の他人であることが必要で、自分自身を殺す(自殺、自傷行為)場合には殺人罪とはならない(ただし他人の自殺への関与は自殺関与罪となる)。
- 人と胎児の区別(人の始期)
- 人を殺害した場合には「殺人罪」になるが、胎児を殺害した場合には殺人罪よりは軽い「堕胎罪」となる(その胎児を殺したことにより、自然の分娩時期を早めた場合)。殺人罪と堕胎罪の区別については「人の始期」を参照せよ。
- 人と死者の区別(人の終期)
- 生きている人の体を損壊して殺害した場合には「殺人罪」になるが、死体を損壊したにとどまる場合には殺人罪よりは軽い死体損壊罪となる。脳死者からの臓器摘出などの際に問題となる。殺人罪と死体損壊罪の区別については「人の終期」を参照せよ。
[編集] 故意犯
殺人罪は、故意犯である(38条1項)。旧刑法では謀殺罪と故殺罪に分けられていたが現行法ではこの区別はない。
殺意(殺人の構成要件的故意のこと)はなかったが、暴行・傷害によって他人を死に至らしめた場合には、殺人罪ではなく傷害致死罪となる。殺人の意思も暴行・傷害の意思もないが過失によって人を死に至らしめた場合には過失致死罪となる。詳しくは「結果的加重犯」の項目を参照。
[編集] 未遂
未遂も罰せられる(刑法203条)。未遂とは、殺害行為に着手したが相手が死ななかった場合である。相手が怪我をしたにとどまる場合は、法条競合として傷害罪ではなく殺人未遂罪のみが成立する。もちろん被害者が無傷の場合でも殺人未遂罪は成立する(たとえば殺害を意図してピストルを撃ったが弾がはずれた場合)。
[編集] 予備
予備も罰せられる(刑法201条、殺人予備罪)。法定刑は1月以上2年以下の懲役。殺人の実行の着手以前の準備行為を言い、殺人を犯す目的で凶器や毒物を用意して現場の下見を行う場合などがこれにあたる。殺人を犯す目的を必要とする目的犯である。
[編集] 尊属殺重罰規定
刑法第200条に自己または配偶者の直系尊属を殺害した場合には死刑又は無期懲役に処する旨という尊属殺人の規定があったが、刑罰が過酷で尊属の尊重という刑罰目的を達するに必要な合理的限度を越えるとして1973年に違憲判決が出た。以後、同条は検察の方針により適用されず、1995年の刑法改正に伴い削除された。
詳細は尊属殺を参照
[編集] 殺人罪以外の殺人・致死の罪
[編集] 殺人罪との法条競合
- 嘱託殺人罪・同意殺人罪(刑法202条) - 6ヶ月以上7年以下の懲役・禁錮
- 強盗致死罪・強盗殺人罪(刑法240条) - 死刑又は無期懲役
- 人質殺害罪(人質による強要行為等の処罰に関する法律) - 死刑又は無期懲役
[編集] 他の罪の結果的加重犯・過失致死
- ガス漏出等致死罪(刑法118条) - 前条の罪と傷害罪を比較し重い方の刑
- 往来妨害致死罪(刑法124条) - 同上
- 汽車転覆等致死罪(刑法126条) - 死刑又は無期懲役
- 浄水汚染等致死罪(刑法145条) - 前条の罪と傷害罪を比較し重い方の刑
- 水道毒物等混入致死罪(刑法146条) - 死刑又は無期もしくは5年以上の懲役
- 強制わいせつ致死罪(刑法181条) - 3年以上の懲役
- 強姦致死罪(刑法181条) - 5年以上の懲役
- 集団強姦致死罪(刑法181条) - 6年以上の懲役
- 特別公務員職権濫用等致死罪(刑法196条) - 前条の罪と傷害罪を比較し重い方の刑
- 傷害致死罪(刑法205条) - 3年以上の有期懲役
- 危険運転致死罪(刑法208条の2) - 1年以上の有期懲役
- 過失致死罪(刑法210条) - 50万円以下の罰金
- 業務上過失致死罪(刑法211条) - 5年以下の懲役・禁錮又は100万円以下の罰金
- 重過失致死罪(刑法211条) - 同上
- 同意堕胎致死罪(刑法213条) - 3ヶ月以上5年以下の懲役
- 業務上堕胎致死罪(刑法214条) - 6ヶ月以上7年以下の懲役
- 不同意堕胎致死罪(刑法216条) - 前条の罪と傷害罪を比較し重い方の刑
- 遺棄等致死罪(刑法219条) - 同上
- 逮捕等致死罪(刑法221条) - 同上
- 航空機強取等致死罪(ハイジャック防止法) - 死刑又は無期懲役
- 航空機墜落等致死罪(航空危険行為等処罰法) - 死刑又は無期もしくは7年以上の懲役
- 航空機破壊等致死罪(同上) - 死刑又は無期もしくは3年以上の懲役
[編集] 日本法以外の殺人罪
[編集] 英米法
英米の伝統的コモン・ローにおいては、包括的概念としての殺人行為(homicide)があり、そのうち犯罪行為にあたる行為が、Murder(謀殺)、Manslaughter(故殺、過失致死)に分類されている。主として被告人の主観的要件に着目して分類されており、日本法にはない区分も存する。陪審制の下、事実審すなわち適用法規(構成要件の該当性)の決定は陪審員にあり、量刑を行う職業裁判官の裁量の余地を残さないよう細分化されている。
具体的な要件は州法によって定められており、州によって若干の差異がみられるが、一般的なコモン・ロー下の分類は以下の通りである。。
- 謀殺(Murder) 事前の殺人の故意(malice aforethought)をもって殺人を犯した場合。態様につき、さらに2等級に分類される。
- 故殺(Manslaughter) 第三級謀殺(Third-degree murder)とも称される。日本法においては、過失致死罪は殺人罪と別の類型であるが、Manslaughterはその双方を含む概念である。
- Voluntary manslaughter 喧嘩における殺人、挑発行為に対する逆上時における殺人等、殺人の故意はあるが計画性のないもの。これに謀殺を加えたものが、日本法の殺人罪に相当する。
- Involuntary manslaughter 日本語でいう過失致死に近い(negligent homicide)が、死の結果について認識がある場合(認識ある過失)に適用される。
[編集] 関連項目
- 死刑
- 安楽死
- 尊厳死
- 臓器の移植に関する法律(臓器移植法)
[編集] 外部リンク
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