宮戸島
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宮戸島(みやとじま)は、宮城県東松島市の松島湾東端にある陸繋島。明治時代まではれっきとした島であったが、鳴瀬川の河口に位置しているため土砂の堆積が進み、砂州(野蒜海岸)によって繋がってしまった。島としては、松島湾で最大の面積を持つ。
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[編集] 地理
面積7.39km2で、周囲約15km。人口は約1,200人。野蒜海岸とは、宮城県道27号奥松島松島公園線によって結ばれており、砂州をまたぐ松ヶ島橋によって結ばれている。浦戸諸島の寒風沢島とはわずか80mの鰐ヶ渕水道を挟んで向かい合っているが、浦戸諸島とは切り離され、「奥松島」のハイライトとして知られている。
気候は温暖で、椿などの暖地性の植物と寒地性の植物が共存する珍しい場所でもある。島はほとんど山地で、平地は少なく、海岸線が入り組んでいる。島の最高峰は大高森(標高105.6m)で、この山頂からは、仙台湾およびその内湾である松島湾と石巻湾、牡鹿半島、蔵王連峰、栗駒山を望むことが出来、「松島四大観」の一つに数えられる。
また、島の東南端にある萱野崎に向かう岬は「嵯峨渓」と呼ばれている。名岩・奇岩が連なる男性的な自然の造形美が楽しめる。
[編集] 歴史
島には縄文時代から人が住んだ痕跡が残る。里浜貝塚は日本全国でみても大きな貝塚で、1918年(大正7年)に縄文時代の人骨が14体発見されて当時黎明期にあった日本の古人骨研究を活気付けた[1]。この時、またその後の調査でさらに多くの人骨を含むおびただしい遺物が発掘され、1995年(平成7年)に国の史跡に指定された。(現在地元自治体では、松島と宮戸島の縄文貝塚を組み合わせて、世界遺産申請に向けた運動を行っている)
[編集] 交通
現在、島には公共交通機関はなく、仙石線野蒜駅からのタクシー、または松島港から観光船、プレジャーボートでアプローチする形になる。かつては仙北鉄道がバスを運行していたが、その後宮城交通となり、1997年9月末日をもって廃止された。
[編集] 生活
- 学校 - 島内に宮戸小学校がある。
- 郵便局 - 宮戸小学校のすぐそばに宮戸郵便局がある。
- 医療 - 島内に宮戸クリニックという医院がある。
- 電話 - 本土と同様に使える。
- 携帯電話 - 島内すべての集落で使える。
- 放送 - 宮城県で放送されている全てのテレビ・ラジオ放送局の電波が問題なく受信できる。
- 民宿 - 100軒近くの民宿があり、島内にはホテルもある。
[編集] 脚注
- ^ 『宮城県史』復刻版第1巻(古代・中世)、23-24頁。