夜間飛行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
文学 |
---|
ポータル |
各国の文学 記事総覧 |
出版社・文芸雑誌 文学賞 |
作家 |
詩人・小説家 その他作家 |
『夜間飛行』(やかんひこう、フランス語原題 Vol de nuit)は、1931年にフランスで出版され、同年のフェミナ賞に輝いた、フランス人のパイロット・小説家であるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリによる小説である。
[編集] 概要
サン=テグジュペリ自身の飛行機乗りの経験を活かしたリアリズムにあふれる作品。夜間飛行という危険きわまりない事業の中で浮き彫りにされる、人間の尊厳と勇気が主題になっている。
また、通信機・エンジン・飛行士の会話など、作者自身の経験を活かしたリアルな描写は、郵便飛行開拓期の歴史的史料としての価値も高い。(飛行機の歴史参照)。またフランスの植民地文学としても白眉である。
なお、本作品はイタリアの作曲家ルイージ・ダッラピッコラによってオペラ化されている。
[編集] あらすじ
パタゴニアから、飛行士ファビアンの操縦する飛行機がブエノスアイレスへと帰還しつつあった。
ブエノスアイレスでそれを待ち受ける支配人リヴィエールは部下に大して常に冷徹で、時間の遅れや整備不良を決して許さず、厳しい処分をもってあたっていた。嫌われ者の上司に睨まれることによって、はじめて現場の規律が保たれる、というのが彼の信念であった。だが彼はつねに不安にさいなまれていた。郵便飛行の未来のため、飛行士の命を守るため、使命感から内心の不安を押し殺して必死に対処していたのだ。
注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。
一方、リヴィエールの部下である監督のロビノーは、やや愚鈍な男だった。飛行士たちに対して、リヴィエールが作った規則をただ言われたとおりに押しつけることと、従業員のあら探しをして報告することだけが彼の役回りだった。が、飛行士ペルランの輝かしい成果を前にして、自分の姿に疑問を抱く。彼はペルランに自分のみじめな人生について打ち明けようとするが、リヴィエールはロビノーの公私混同を許さず、ロビノーにペルランを処分する報告書を書かせる。
だが、リヴィエールもまた孤独に苦しんでいた。リヴィエールは、夜空に光る星にメッセージを感じるが、それを理解する人は少ない。加齢による腰痛に苦しめられつつもそれを誰にも言えない。
リヴィエールは、整備不良のかどでロブレという整備工を解雇する。荷役係としてなら雇ってやれるとリヴィエールは言うが、整備工としてのプライドを捨てられない老人はそれを受けようとしない。リヴィエールはすがりつくように懇願するロブレから目をそむけ、一方的に解雇を通告した。だがリヴィエールは迷った。彼が一言「許す」と言って解雇通知を破り捨ててしまえば、ロブレはどんなに喜ぶだろうか。しかし彼は、現場の配線ミスの報告を受け、あらためてロブレの解雇の決意を固めた。彼は考える。「僕は従業員を処罰するが、僕は彼らを排除したいわけじゃない、彼らをすり抜けてくる過誤を排除しなければならないのだ。そうしなければ、飛行士が、会社が、事業が、事故に怯やかされつづけることになる」
そのころ、ファビアンは彼の妻、シモーヌと語り合っていた。すでに空へ舞い上がることを考えているファビアンに一抹の寂しさを覚えながら、シモーヌはファビアンを送りだす。一方リヴィエールは、内心では暴風雨に立ち向かう彼の勇気を賞賛しながらも、危険などないと言い張り、彼を鼓舞する。リヴィエールは、自分の勝利を確信して夜間飛行を開拓したことを思い出していた。
ファビアンの操縦するパタゴニア機が暴風雨に遭遇した。ファビアンは必死に暴風雨を出ようとするが、現在位置すらつかめない。やがて暴風や雷雨で通信が途絶え、ファビアン機は完全に消息を絶った。やがていつものようにファビアンの安否を確かめるため電話したシモーヌに対し、リヴィエールは端的に事実を告げつつも、夜間飛行の事業に、飛行士を犠牲にするほどの価値があるのかと自問自答する。
一方ファビアン機は雷雨のまっただ中に居て、帯電により通信不可能な状態であった。ファビアンは雲のさらに上空まで上昇を試みる。だが、雲を超えてしまえば、もう陸地を探すことはできない。通信は一時復旧したものの、燃料がのこり三十分しかもたないという絶望的な事態を伝えることしかできなかった。
シモーヌがリヴィエールに面会を求めた。リヴィエールは「待つしかない」と彼女をなだめるが、もはやファビアンが無事に戻る見込みがないことは誰にとっても明らかだった。やがてファビアンからの連絡は途絶え、そのまま燃料の限界時間が訪れた。リヴィエールはうなだれて、ロビノーに「独りにしてくれ」と語りかける。
やがてロビノーは、ファビアンを失ったこと、郵便飛行が頓挫するであろうことの二重の衝撃で打ちのめされているリヴィエールを慰めなければと思い、ふたたびリヴィエールのいる管理人室を訪れる。だが、顔を上げたリヴィエールの表情は打ちひしがれた敗北者のものではなかった。リヴィエールは郵便飛行の続行を告げた。
離陸を延期されていた操縦士に、続行の報せが届いた。操縦士はふたたび、危険な夜間飛行へと旅だってゆく。事務室には、勝利も敗北もすべて乗り越えて歩みつづけるリヴィエールの姿があった。