写経
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写経(しゃきょう)とは、仏教において経典を書写すること、またはその書写された経典のことを指す。
写経は、印刷技術が発展していなかった時代には仏法を広めるため、またはひとつの寺院でも複数の僧侶で修行・講義・研究するために必要なことであった。その後、写経することに功徳があることが説かれるようになった。
中国では、六朝時代に写経が定型化され、隋・唐のころに盛んに写経が行われるようになった。日本では673年(天武天皇2年)に川原寺で一切経の写経が行われたのを創始とし、奈良時代には官立の写経所が設けられ、また東大寺などにも設置され、専門の写経生たちによって、国家事業としてに写経が行われた。平安時代以降は、仏法を広めるということよりも個人的な祈願成就など信仰のために行われるようになり、末法思想が流行すると写経した経典を経筒に納めて埋納する経塚造営が行われる。
また、亡くなった家族や知人の供養のために、生前に書き残した手紙などを漉返紙や紙背文書として用いて写経する例がある。前者の例として『日本三代実録』に清和天皇の没後に后の1人である藤原多美子が生前の手紙を漉き返して法華経を写経したと記録されている。後者の例として妙蓮寺所蔵の伏見天皇宸翰法華経が父・後深草天皇宸筆の書状を紙背として用いていることで知られている。
書写された経典を「写経」と呼ぶのに対して、宋代以降に盛行した木版印刷による経典の方は「刊経」と呼ばれている。
現代日本の各寺院では、写経と言えば、『般若心経』を写経することを指すのが一般的になっている。
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写経関連用語