九七式車載重機関銃
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正式名称 | 九七式車載重機関銃 | |
全長 | 114.5cm | |
銃身長 | 70.0cm | |
重量 | 12.4kg | |
口径 | 7.7mm | |
使用弾種 | 九二式普通実包 | |
銃口初速 | 735m/秒 | |
最大射程 | 3420m | |
有效射程 | 540m | |
装弾数 | 20発(弾倉) | |
製造国 | 大日本帝国 | |
製造 | 名古屋工廠 | |
製造数 | 約18000挺 |
九七式車載重機関銃とは、日本陸軍(以下陸軍という)の制式車載重機関銃である。昭和12年(1937年)に採用されて以来、陸軍の戦車、装甲車に搭載された。
[編集] 概要
九七式車載重機が採用される以前、陸軍は十一年式軽機関銃を車載用に改めた九一式車載機関銃を使用していた。しかし原型となった十一年式軽機がそうであったように、九一式車載機銃もまた数々のトラブルに悩まされた。また、口径が6.5mmでは威力不足であるという指摘もなされた。
九七式車載重機の原型となったのは中国大陸で鹵獲されたチェコスロバキア製のZB26軽機関銃である。ZB26軽機は特にその故障率の低さで知られており、陸軍もこの優れた機関銃を参考に新型車載機銃を開発することにした。
九七式車載重機は九二式重機関銃と同じく口径7.7mmの九二式実包を使用する。また、戦訓を基に銃身の周りを覆う防弾カバーが取り付けられた。狭い車内で扱えるよう、銃床は短く設計されている。照準眼鏡は倍率が1.5倍に設定されており、接眼部には反動から目を守るために厚いゴム製の緩衝環が付けられた。給弾には20発入りの箱型弾倉を使用した。この方式は一部で狭い車内での弾倉交換は不便だとの批判があったが、最後まで変更されることは無かった。射撃の際には薬莢を回収するために「打殻受け」と呼ばれる袋を機関銃に装着した。
九七式車載重機に対し、しばしば持続射撃能力が低いことへの批判がなされる。しかし、陸軍では車載機銃を自衛用火器として認識していた事やそもそも陸軍において機関銃の位置づけが制圧射撃を旨としていた他国とは異なり、精密射撃のできる狙撃銃的なものだったことを考えれば本銃に持続射撃能力が求められなかったことも納得できよう。
九七式車載重機を装備した車両には交換用の予備銃身、複座バネ、整備用具を収めた箱、二脚が載まれていた。二脚は九七式車載重機を地上戦闘で使う際に機関銃に装着して使用された。また、車両に対空機銃架がある場合、本銃を機銃架に載せて対空射撃をすることも出来た。
生産は名古屋工廠で行われ、昭和19年(1944年)までに約18000挺が製造された。
本銃の後継として、四式車載重機関銃がある。
[編集] 参考文献
- 松井史衛「帝国陸軍九七式車載重機」
- サンデーアート社『PANZER』1985年9月号 No.133 p106~p108