三遊亭右女助
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三遊亭 右女助(さんゆうてい うめすけ)は落語家の名跡。現在は空き名跡となっている。
- 初代三遊亭右女助 - 後の4代目古今亭今輔。本名は中島 市太郎。
- 2代目桂右女助 - 後の6代目三升家小勝。1937年に真打昇進と同時に襲名。8代目桂文楽門下であったため桂の亭号を名乗った。本名は吉田 邦重。
- 3代目三遊亭右女助 - 本項にて詳述。
3代目三遊亭 右女助(1925年9月19日 - 2007年5月20日)は、神奈川県逗子市出身の落語家。本名は田中 信雄(たなか のぶお)。出囃子は『どんどろ』、『鉄道唱歌』や『いやとび』などを使っていた。
若い頃は軍隊では通信部隊に所属していた。
神奈川県逗子市桜山に住んでいた事から「逗子の師匠」と言われた。落語芸術協会では理事を勤めた。
新作落語派で、駅名を次々に言っていく自作の「出札口(しゅっさつぐち)」が大ヒットした。