フィンガルの洞窟
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フィンガルの洞窟はスコットランド・ヘブリディーズ諸島(インナーヘブリディーズ群島)の無人島スタッファ島にある洞窟。また、フェリックス・メンデルスゾーンがその光景に霊感を受けて作曲した演奏会用序曲。
目次 |
[編集] フィンガルの洞窟
フィンガルの洞窟(英語:Fingal's Cave)は、スコットランド・ナショナル・トラストが所有する自然保護区の一部で、スコットランドのインナー・ヘブリディーズ群島の無人島であるスタッファ島に存在する[1]。 全体的が六角形につながった玄武岩の円柱から出来ており、同じ古代溶岩流をもととする北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェーに構造的に類似する。いずれも、高温の溶岩の塊が冷る過程で、表面が六角形の形に割れ(泥が乾燥するときに縮みながら割れるのと同様に)、このひびが溶岩塊が冷えて縮むにつれて徐々に下の方に広がって六角形の柱群を形成し、これが後に浸食を受けて形成された地形である[2]。
その大きさと自然にアーチ状に曲がった天井、[3]そして波のこだまが生む不気味な音は、天然の大聖堂の雰囲気を与えている。洞窟のゲール語の名前 Uamh-Binn は「歌の洞窟」を意味する[4]。
この洞窟は、18世紀の自然主義者ジョゼフ・バンクスによって1772年に「発見」された[4][5]。そして、18世紀スコットランドの詩人・歴史家のジェームズ・マクファーソンの叙事詩によって「フィンガルの洞窟」として知られるようになる。この詩は、詩人本人によって古いスコットランド・ゲール語の詩に基づいたとされる『オシアン詩集』に含まれ、フィンガルというのはその主人公の名である。フィンガルはアイルランド神話の英雄フィン・マックール(Fionn mac Cumhaill)にあたる。マクファーソンが「白い異邦人」を意味する[6]ゲール語であるフィンガルという名をこの人物にあてたのは誤解であるようである。というのも古ゲール語では、フィン・マックールは「フィン」(Finn)として登場するからである[7]。ジャイアンツ・コーズウェーの伝説によると、フィン(Fionn / Finn)は、アイルランドとスコットランドの間に玄武岩の街道を造ったという[2]。
作曲家フェリックス・メンデルスゾーンは1829年にこの地を訪れ、洞窟の中の不気味なこだまに霊感を得て、演奏会用序曲『ヘブリーズ諸島』作品26を作曲した。この序曲により「フィンガルの洞窟」は観光地として有名になった[8][4][5]。その他の19世紀の著名な訪問者に、作家のジュール・ヴェルヌ、詩人のウィリアム・ワーズワース、ジョン・キーツ、アルフレッド・テニスンや[1]、印象派の画家ジョゼフ・ターナーがいる。ターナーは1832年に「スタッファ島、フィンガルの洞窟」を描いた[9]。戯曲作家のアウグスト・ストリンドベリは、「フィンガルのグロットー(人造洞窟)」と呼ばれる場所を舞台に『夢の戯曲』(Drömspelet、1902年)を執筆した。メンデルスゾーンと親交のあったヴィクトリア女王もこの地を訪れたという[4][1]。
スコットランドの小説家ウォルター・スコットはフィンガルの洞窟を次のように表現している。「私が今まで見た中で最も非凡な場所の一つだ。私の考えでは、いままで聞いたどんな描写をも超えていた……大聖堂の屋根のように高い玄武岩の柱だけで出来ており、岩の中奥深くに続き、深い波立つ海によって永遠に洗われ、そして赤い大理石で、あたかも舗装されたかのように敷き詰められ、描写を超えている」[10]
この洞窟は、大きな弓なりの入り口があり、海水に満たされている。しかしながら小舟で入って行くことはできない[4]。 いくつかの地元の旅行社の4月から9月までの遊覧船ツアーでは洞窟近くを通る[3][4]。しかし、島のほかの場所に上陸して陸路で洞窟まで歩くことも可能である。この場合、割れた円柱の列がちょうど最高水位のすぐ上に頭を出しているので、ここを伝って徒歩での散策ができる[10]。洞窟内からは、ちょうど入口が枠となって海の向こうの聖なる島ロナを切り取った景色が楽しめる[3]。
[編集] 洞窟の規模
- Wood-Nuttal Encyclopaedia (1907年版): 水深69メートル(227フィート)、高さ20メートル(66フィート)[11]。
- National Public Radio: 水深45メートル(150フィート)、高さ22メートル(72フィート)[12]。
- Show Caves of the World: 水深85メートル(279フィート)、高さ23メートル(75フィート)[4]。
[編集] 序曲『フィンガルの洞窟』
クラシック音楽 |
---|
作曲家 |
ア-カ-サ-タ-ナ |
ハ-マ-ヤ-ラ-ワ |
音楽史 |
古代 - 中世 |
ルネサンス - バロック |
古典派 - ロマン派 |
近代 - 現代 |
楽器 |
鍵盤楽器 - 弦楽器 |
木管楽器 - 金管楽器 |
打楽器 - 声楽 |
一覧 |
作曲家 - 曲名 |
交響曲 - ピアノ協奏曲 |
ピアノソナタ |
ヴァイオリン協奏曲 |
ヴァイオリンソナタ |
弦楽四重奏曲 |
指揮者 - 演奏家 |
オーケストラ - 室内楽団 |
音楽理論/用語 |
音楽理論 - 演奏記号 |
演奏形態 |
器楽 - 声楽 |
宗教音楽 |
イベント |
音楽祭 |
メタ |
ポータル - プロジェクト |
カテゴリ |
『フィンガルの洞窟』(ふぃんがるのどうくつ)作品26はフェリックス・メンデルスゾーンが1830年に作曲した演奏会用序曲である。原題は『ヘブリディーズ諸島』(ドイツ語:Die Hebriden)であるが、日本語では通称の『フィンガルの洞窟』の方が多く用いられる。ロ短調の序奏なしのソナタ形式で作曲されている。現在に至るまで、オーケストラの標準的なレパートリーとして盛んに演奏されている。
メンデルスゾーンが初めてイングランドを訪れたのは、二十歳の誕生日を祝ってドイツ人貴族の招待にあずかった時だった。イングランド旅行に続いて、メンデルスゾーンはスコットランドに進み、その地で交響曲『スコットランド』を着想する。だがスコットランド旅行中にメンデルスゾーンは、嵐の夜のヘブリディーズ諸島を訪ねてスタッファ島に辿り着き、観光客に人気の洞窟で霊感を受けたのである。当時フィンガルの洞窟は35フィートの高さと200フィートの水深があり、玄武岩の色とりどりの石柱からなっていた[13]。メンデルスゾーンはその後直ちに、序曲の開始主題を書き下ろし、それを姉ファニーに書き送って次のように書き添えた。「僕がヘブリディーズ諸島にどんなにひどく感銘を受けたか分かってもらえるように、頭に思い浮かんだものを姉さんに届けようと思います」[13]
作品は1830年12月16日に完成され[14]、当初は『孤島』(独語:Die einsame Insel )と題されていた[8]。しかしながらメンデルスゾーンは後に譜面に手を入れ、1832年6月20日に改訂作業を終えると[14]、『ヘブリディーズ諸島』と改名したのである[8]。にもかかわらず、『フィンガルの洞窟』という通称も使われた。パート譜には『ヘブリディーズ諸島』と題されていたが、総譜には作曲者自身によって『フィンガルの洞窟』と題されていたためである[13]。初演は1832年5月14日にロンドンで行われ、演奏会用序曲『真夏の夜の夢』も併せて上演された[14]。
この作品は、序曲と題されているが、単独で完結した作品として意図されている。物語性はなく、標題音楽に分類することはできない。この作品ではむしろ、気分やいくつかの光景を描き出しており、いわば描写的な標題音楽の先駆けに位置付けることはできよう[15]。
作品は2つの主題で構成されている。冒頭の主題は、メンデルスゾーンが洞窟を訪れた後に書き付けた主題で、主にヴィオラ、チェロ、ファゴットによって呈示される[16]。この情緒的な主題は、洞窟の力強さと心打つ美景を想起させつつ、侘しさや孤独感を表出することが意図されている。一方の第2主題は、海の動きや「逆巻く波」が描写されている[13]。標準的なソナタ形式で作曲されており、コーダにおいて最初の主題が戻ってきて結びとなる[16]。
標準的な楽器編成が使われており、演奏時間は12分程度である。自筆譜はオックスフォード大学ボドリー図書館に保存されている。
[編集] 脚注
- ^ a b c National Trust for Scotland: Fingal's Cave
- ^ a b Formation of basalt columns / pseudocrystals
- ^ a b c The Internet Guide to Scotland
- ^ a b c d e f g Show Caves of the World
- ^ a b Caves and Caving in the UK
- ^ Behind the Name: View Name: Fingal
- ^ Notes to the first edition
- ^ a b c Galveston Symphony Program Notes: Mendelssohn
- ^ The Art Archive, JM Turner
- ^ a b Gordon Grant Tours: Fingal's Cave
- ^ Wood-Nuttal Encyclopaedia, 1907
- ^ National Public Radio
- ^ a b c d David R. Glerum (2006-09-30). "Orlando Philharmonic Orchestra Program Notes" (PDF) pp. 4-5 2006-11-08閲覧.
- ^ a b c Geoff Kuenning. "Program Notes: Mendelssohn: "Hebrides" Overture" 2006-11-03閲覧.
- ^ Dr. Richard E. Rodda. "Program Notes: Overture, "The Hebrides" ("Fingal's Cave"), Op. 26" Hartford Symphony Orchestra. 2006-11-03閲覧.
- ^ a b "Overture to "Fingal's Cave"" Music With Ease. 2006-11-03閲覧.