スラップ奏法
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スラップ奏法(-そうほう)は、ベースの演奏方法のひとつ。スラッピング(slapping)、日本に限ってチョッパーとも言う。
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[編集] コントラバスのスラッピング
コントラバスにおいては、指板上に弦を当てスネアドラムのリムショットのような独特な音(スラップ音)を出すことを言う。
- 指に弦を引っかけて指板に対して垂直に強く引っ張って離し指板に当て、スラップ音と共に音程を伴った実音を発生させる(クラシックの奏法に於けるバルトーク・ピッツィカートが厳密には違うが類似する)。
- 弦や指板に指を叩き付けるようにして弦を指板にぶつけた直後に指を振り抜くことで、スラップ音と共に音程を伴った実音を発生させる。
- 手首近くの手のひらの柔らかい部分を用いて、素早く低音側の弦を指板に打ち付けてスラップ音のみを発生させる。
熟練した奏者が上記を組み合わせて用いると、あたかもベーシスト以外にパーカッショニストが存在しているかのごとき印象を与える事が出来る。古くは拡声器の無い頃のジャズのビッグバンドでベース奏者が大音量を出す為に用いたが、後にロカビリー、サイコビリー、ジャイヴ、ウエスタンスィング、ブルーグラス、カントリー等で多用される様になる。
[編集] エレクトリックベースのスラッピング
エレクトリックベースにおいてのスラップ奏法は、親指で弦をはじくように叩く動作(サムピング(英:thumping))と、人差し指や中指で弦を引っ張って指板に打ちつける(プル、プリング(英:popping))動作があり、この二つの動作を組み合わせて、アタックの効いたあたかも打楽器のようなパーカッシブな効果が得られるのが特徴。基本的な弾き方としてはサムピングで低音弦、プリングで高音弦を奏する。
誕生以来、スラップは主にファンクで聞かれたが最近では様々な音楽ジャンルの楽曲で使われている。スラップは、ラリー・グラハムから親指を用いた演奏中にエキサイトし弦を叩き出した事が誕生の契機として語られている。また彼がドラムレスのバンドで低音弦のサムピングをバスドラム、高音弦のプリングをスネアに見立て奏した事がスラップ奏法を熟成させたと言える。ただし始祖のラリー自身はスラップという言葉は用いず「Thumbpin`& pluckin`」と呼んでいる。
楽器を腰より上に構えるか(ファンク、フュージョン系の奏者が多い。ラリー・グラハム、マーカス・ミラー等)、腰より下に低く構えるか(ロック系の奏者が多い。フリー、TMスティーブンス等)で親指の角度と共に奏法が大きく変わる。その為、低く構えるベーシストの中にも複雑なスラップ奏法の際には転がしのモニタ·スピーカや台に足を乗せ高く構えた時と同様の高さまで楽器を持ち上げるベーシスト(ロバート·トゥルジロ等)もいる。
[編集] 日本に於ける起源の俗説
日本におけるスラップ奏法の始祖として、ザ・ドリフターズのいかりや長介があげられることがあるが、いかりやは実際にスラップ奏法ではなく、かなりアタックの強い親指弾きをしていたとされているためであり、当時の写真が媒体に掲載された際フォームがスラップに似ていたための勘違いと思われる。実際にスラップ奏法が世に広まるのはドリフターズがバンド活動を休止した後である。
いかりや説が浸透する前は細野晴臣説などもあったがこれも定かではない(現在、日本で最初にスラップ奏法をやった人はハックルバックの田中章弘というのがベーシストにとっての通説になっている)。しかし、1975年発表のティン・パン・アレーのアルバム『キャラメル・ママ』に収録されたその名も「チョッパーズ・ブギ」で後藤次利が披露したプレイがアマチュアからプロ・ミュージシャンに至るまでファースト・インパクトとなった。日本においてスラッピングのことを「チョッパー」と呼ぶのはこの曲が起源である。しかし、ここでの「チョッパー」はヒッピーの別称である。しかし当時、スラッピングには特有の呼称が無く、仕方なくこの曲のタイトルから名前を取り、スラッピングのことを「チョッパー」と呼ぶようになった。ほどなく、日本の音楽界はフュージョン・ブームに入り、スラップ奏法が隆盛となる。
[編集] 注意点
スラップ奏法は瞬時に高いエネルギーの信号を発生させる為、ロック等で顕著な大音量で弾いた際にスピーカーを故障させたり、真空管を用いたアンプに至ってはアンプその物を故障させる可能性が有る。また音楽的にもスラップ以外の奏法時の音量と落差が激しいのは好ましくない事が多い。その為スラップ奏法を行う際は右手のコントロールで確実にダイナミクスを調整するか、リミッター、コンプレッサー等の音量を抑えるエフェクターを使用して過大入力を防ぐ事を考慮しなければならない。
[編集] その他
日本の特定の年齢層はスラップ奏法の事を「チョッパー」という名称で呼ぶ事があるが、これはフュージョン全盛期の日本の音楽シーンにおいてスラップ奏法の代名詞的存在だった鳴瀬喜博などが基本的に「チョッパー」と呼んだ為と思われる。そのため日本ではスラップ奏法という名称よりもチョッパーという名称の方がフュージョン期以降もメジャーとなっているが、これは和製英語のため日本でしか通じず、英語では「Slapping & popping」または「Thumbpin' & pluckin'」と呼ばれる。そのため、世界的に共通する点を考えた日本語表現としては「スラップ奏法」が適当であると思われる。プレイヤー、教則本などの紹介によっては「スラップ」と「チョッパー」を別の演奏方法として紹介する場合もあるが、その定義は曖昧である。