イスラム美術
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イスラム美術は西アジア、北アフリカを中心としたイスラム文化圏において7世紀から18世紀ごろにかけて形成された造形芸術を指す。イラン高原で興ったサーサーン朝ペルシアの美術を起源として各地方に伝わる伝統や文化を吸収しながら独自の様式として確立していった。
目次 |
[編集] 概要
イスラム美術の根底にあるイスラム教は厳格な一神教であり、神を不可視のものと定めている為、イスラム美術では神像、偶像の制作が忌避されており、その結果として発達したのが抽象的・装飾的な美術表現であり、イスラム美術の最も大きな特徴である。また、アラビア文字は神の文字と捉えられ、イスラム美術において神像、偶像の代替的役割を果たした。アラビア文字はその視覚的特長からイスラム美術の抽象的装飾とうまく調和し、イスラム美術の重要な装飾要素のひとつと位置付けられている。
したがって、イスラム美術の本質を厳密に区別した場合、建築・書道・織物の3分野が中心となり、絵画や工芸といった分野は副次的分野と考えなければならない。絵画については宮殿などにおける内壁装飾としての壁画の発達の他、書物への挿絵という独特の形式での発達がみられた。
イスラム美術イコール宮廷美術と捉える解説書も存在するが、イスラム美術に限らず古来より芸術作品の主なパトロンは貴族や王族などの富豪層であり、割合的にそのような富豪層からの依頼による作品が多かったに過ぎず、社会の様々な階層においてイスラム美術が作られている。
[編集] 絵画
イスラム美術における絵画は壁画としてのものと、ムラッカアートと呼ばれる挿絵的絵画に大別できる。壁画は主にフレスコ画としての技法で描かれることが多く、ウマイヤ朝時代のクルセイル・アムラや、ファーティマ朝時代のカイロ浴場壁画などが残存している。ムラッカアートは12世紀頃から近世にかけて紙の普及とともに発達し、サファヴィー朝時代のバフラーム・ミールザーやファーティヒ・アルバムなどが有名である。
[編集] 工芸
イスラム美術における工芸は非常に高い位置を占め、金属工芸、陶芸、染織、ガラス工芸、象牙細工、木工芸など多種の分野が発達した。特にイスラム美術の金属工芸や陶芸が東洋や西洋の美術に与えた影響は少なくない。
[編集] 金属工芸
金属工芸の素材としては青銅や真鍮が最もよく使用され、その他金銀鉄などの使用も見られる。水差し、鉢、杯、インク壷、箱、鏡、シャンデリア、燭台、武具など多岐にわたり、その技法も製作物に応じて多種存在していた。 基本的にはサーサーン朝ペルシアやビサンチンといったイスラム以前から存在していた伝統を継承し、発展させた工芸美術である。ファーティマ朝時代のエジプトなどでは鳥獣をかたどった水差しが流行し、数多く製作されている。セルジューク朝時代には装飾として刻まれているアラビア文字の末端に人間の頭部や花の紋様など変化をつけた作品も出現し始め、当時の社会情勢の変化を伺うことができる。12世紀ごろには銅や銀を真鍮の器に象嵌する技法が流行するが、14世紀になるとこの技法は廃れていった。象嵌技法はその後シリアに伝えられ、14世紀初頭にエジプトで「聖ルイの洗礼盤」などといった作品が生まれた。 15世紀にはいると鋼鉄の武具に金線や銀線の装飾を施すダマスコ細工が盛んになった。
[編集] 陶芸
イスラム世界における陶芸の歴史は時代毎に勃興した王朝によってその技、特徴が著しい変化を遂げている。また、主要な窯場も時代に応じて変遷し、アフガニスタン、トルコ、エジプト、イベリア半島など広域に渡る。中国の陶磁器の影響を受けつつも、ラスター彩や、ミナイ手などといった独自の陶芸文化を進化させていった。
陶芸技術が飛躍的な発展を遂げたのは、アッバース朝におけるイラクで、白釉陶器、白釉藍緑彩陶器、サスター彩陶器などが誕生した。中でもラスター彩は硝酸銀や硫化銅で絵付けし、低温度の窯で焼成することで、金属的な輝きを出す独特の手法で、イスラム陶芸の代表的なものとして知られている。この技術は後に続くファーティマ朝やセルジューク朝などでも受け継がれていった。
セルジューク朝に入ると影絵手と呼ばれる技法が発達し、青釉掻落文陶器、ミナイ手などの多彩な装飾が施された陶器が誕生する。イル・ハーン朝ではさらに装飾技法が発展し、金箔を加えた藍地金彩色絵や、藍釉白盛上陶器などが誕生した。また、中国の陶磁器から影響を受けた建築装飾用のタイルなども生産されるようになった。
サファヴィー朝に入るとクバチと呼ばれる絢爛な彩画陶器の作成技法が生まれる。また、オスマン朝時代のトルコ・イズニク窯場では中国の青花陶器の技法が取り入れられた白地藍彩陶器などが主流となった。
[編集] ガラス工芸
イスラム美術におけるガラス工芸はアッバース朝時代に入り、独自の発達を遂げ、ヴェネツィアなどのヨーロッパ諸都市にも強い影響を与えた。ガラスのカッティング技法による装飾が流行し、レリーフ・カットなどの技術が誕生している。11世紀に入るとエジプト・フスタートを中心として新しい技術が次々と生まれ、被せガラスの手法(アール・ヌーボーなどの作家が好んで使用する手法)を用いた作品などが生み出された。また、ガラス工芸で生み出された技術は陶芸にも用いられ、イスラム美術独特の陶芸技法であるラスター彩が誕生している。
しかし、近代に入るとティムール朝のシリア戦争などの影響により職人技術の散逸が著しく、イスラム美術におけるガラス工芸文化は衰退の一途を辿る事となった。
[編集] 染織
[編集] 象牙細工
[編集] 木工芸
[編集] 水晶細工
[編集] 脚注
[編集] 画像
13世紀から14世紀の間に、シリアで作られた陶磁器のズーム。モチーフはルイ9世_(フランス王)。ルーブル美術館所蔵。 |
アレクサンドロス3世像。フレグ・ウルス期の作品。スミソニアン博物館所蔵。 |
ハマール・ウッディーン 像。1494年ごろの作品。大英博物館所蔵。 |
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1585年頃のムガール美術の傑作。 |
[編集] 関連項目
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