イグノーベル賞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
イグノーベル賞 (Ig Nobel Prize) とは、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる賞である。
ノーベル賞のパロディ的な賞で、1991年に創設された。イグノーベルの名は、「ノーベル賞」に反語的な意味合いの接頭辞を加えたもじりであると共に、「卑劣な、あさましい」を意味する"ignoble"と掛けている。
目次 |
[編集] 内容
同賞には、工学賞、物理学賞、医学賞、心理学賞、化学賞、文学賞、経済学賞、学際研究賞、平和賞、生物学賞などの部門がある。 毎年10月、風変わりな研究をおこなったり社会的事件などを起こした10の個人やグループに対し、時には笑いと賞賛を、時には皮肉を込めて授与される。
イグノーベル賞の受賞条件は「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」である。 この為「日本トンデモ本大賞」などと同じく疑似科学者が受賞する事も多く、例えばホメオパシーの信奉者ジャック・ベンベニストには2度もイグノーベル賞が贈られている。 しかしれっきとした科学的研究もこの定義にのっとってさえいれば受賞する事もあるし、科学とは無関係な受賞も多い。例えば2004年にはカラオケの発明者が平和賞を受賞している。
皮肉や風刺が理由で賞が参与されることもあり、例えば「水爆の父」として知られるエドワード・テラーは「我々が知る「平和」の意味を変えることに、生涯にわたって努力した」為に1991年イグノーベル平和賞を受賞したし、世界の反対を押し切って水爆実験をしたフランスの大統領ジャック・シラクも「ヒロシマの50周年を記念し、太平洋上で核実験を行った」為やはり平和賞を受賞した。 1999年の科学教育賞は進化論教育を規制しようとしたカンザス州教育委員会ならびにコロラド州教育委員会に贈られた。
ラジー賞などと同じく、ある種の受賞者は賞の授与に激怒する一方、ある種の受賞者はむしろ好意的に受け止める。 賞の性質上、授与式に受賞者が現れない事も多いが、エイブラハムの本ではこれに対し「受賞者は授与式に出席できなかった。(出席する気もなかっただろうが)」とボケ返す。
同賞を企画運営するのは、サイエンス・ユーモア雑誌『風変わりな研究の年報』(Annals of Improbable Research)と、その編集者であるマーク・エイブラハムズ。 共同スポンサーは、ハーバード・コンピューター協会、ハーバード・ラドクリフSF協会など。
授賞式は毎年10月、ハーバード大学のサンダーズ・シアターでおこなわれており、「本物の」ノーベル賞受賞者らも出席する。本物のノーベル賞では、式の初めにスウェーデン王室に敬意を払うのに対して、イグノーベル賞では、スウェーデン風ミートボールに敬意を払う。受賞者の旅費、滞在費は自己負担で、式のスピーチでは聴衆から笑いをとることが要求される。制限時間が近づくとヌイグルミを抱えた少女が受賞者の裾を引っ張り壇上から下ろそうとするが、この少女を買収することによってスピーチを続けることが許される。授賞式の間、観客が舞台に向かって投げ続ける紙飛行機の掃除夫は、例年ハーバード大学の物理学者ロイ・グラウバー(2005年のノーベル物理学賞受賞者)が勤めている。
[編集] 受賞者と研究内容
[編集] 過去の受賞者
[編集] 日本人の受賞者
[編集] 2007年の受賞者
- 医学賞
- 物理学賞
- ラクシミナラヤナン・マハデバン(L. Mahadevan)、アメリカ、ハーバード大学
- エンリケ・セルダ・ヴィラブランカ(Enrique Cerda Villablanca)、チリ、サンティアゴ・デ・チリ大学
- シーツに皺がよる仕組みを理論的に解き明かしたことに対して。
- 参考文献:
- "Wrinkling of an Elastic Sheet Under Tension," E. Cerda, K. Ravi-Chandar, L. Mahadevan, Nature, vol. 419, October 10, 2002, pp. 579-80. (『弾力性のあるシートが張力のもとで皺がよることについて』)
- "Geometry and Physics of Wrinkling," E. Cerda and L. Mahadevan, Physical Review Letters, fol. 90, no. 7, February 21, 2003, pp. 074302/1-4. (『皺の幾何学と物理学』)
- "Elements of Draping," E. Cerda, L. Mahadevan and J. Passini, Proceedings of the National Academy of Sciences, vol. 101, no. 7, 2004, pp. 1806-10. (『ひだの原理』)
- 生物学賞
- ヨハンナ・E・M・H・ファン・ブロンズウィック(Johanna E.M.H. van Bronswijk)、オランダ、アイントホーフェン工科大学
- 人間とベッドを毎晩ともにするダニ、昆虫、クモ、カニムシ、甲殻類、バクテリア、シダ類、藻類、菌類ほかあらゆる生物について調査統計を行ったことに対し。
- 参考文献:
- "Huis, Bed en Beestjes" [House, Bed and Bugs], J.E.M.H. van Bronswijk, Nederlands Tijdschrift voor Geneeskunde, vol. 116, no. 20, May 13, 1972, pp. 825-31.
- "Het Stof, de Mijten en het Bed" [Dust, Mites and Bedding]. J.E.M.H. van Bronswijk Vakblad voor Biologen, vol. 53, no. 2, 1973, pp. 22-5.
- "Autotrophic Organisms in Mattress Dust in the Netherlands," B. van de Lustgraaf, J.H.H.M. Klerkx, J.E.M.H. van Bronswijk, Acta Botanica Neerlandica, vol. 27, no. 2, 1978, pp 125-8. (『オランダのマットレスの埃の中の独立栄養生物』)
- "A Bed Ecosystem," J.E.M.H. van Bronswijk, Lecture Abstracts -- 1st Benelux Congress of Zoology, Leuven, November 4-5, 1994, p. 36. (『ベッドの生態系』)
- ヨハンナ・E・M・H・ファン・ブロンズウィック(Johanna E.M.H. van Bronswijk)、オランダ、アイントホーフェン工科大学
- 化学賞
- 山本麻由、日本、国立国際医療センター研究所
- 牛の糞からバニラの香りと味のする物質(バニリン)を抽出したことに対して。
- 参考文献:
- "Novel Production Method for Plant Polyphenol from Livestock Excrement Using Subcritical Water Reaction," Mayu Yamamoto, International Medical Center of Japan. (『水熱処理による家畜の排泄物からの植物ポリフェノールの新規抽出方法』)[1]
- 受賞者の栄誉をたたえ、ハーバード大学の地元ケンブリッジ市最高のアイスクリーム店トスカニーニズ(Toscanini's Ice Cream)が「ヤム=ア=モト・バニラ・ツイスト」という新しい味の商品を製作する。
- WIRED VISION / ニュースアーカイブ / 日本の研究者、牛糞からガソリンやバニリンを生成
- 山本麻由、日本、国立国際医療センター研究所
- 言語学賞
- ジュアン・マヌエル・トロ(Juan Manuel Toro)、スペイン、バルセロナ大学
- ジョゼップ・B・トロバロン(Josep B. Trobalon)、同
- ヌリア・セバスチャン=ガジェス(Núria Sebastián-Gallés)、同
- ラットは日本語の逆さ言葉を話す人とオランダ語の逆さ言葉を話す人とを聞き分けられない場合があることの発見に対し。
- 参考文献:
- "Effects of Backward Speech and Speaker Variability in Language Discrimination by Rats," Juan M. Toro, Josep B. Trobalon and Núria Sebastián-Gallés, Journal of Experimental Psychology: Animal Behavior Processes, vol. 31, no. 1, January 2005, pp 95-100. (『ラットの言語識別に対する、逆に言葉を話すことと話者を入れ替えることの効果』)
- 文学賞
- 平和賞
- 栄養学賞
- ブライアン・ワンシンク(Brian Wansink)、コーネル大学
- 被験者には内緒で自動的にスープを注ぎ足す底なしの皿を使い、人間の食欲の限界を調査したことに対し。
- 参考文献:
- "Bottomless Bowls: Why Visual Cues of Portion Size May Influence Intake," Brian Wansink, James E. Painter and Jill North, Obesity Research, vol. 13, no. 1, January 2005, pp. 93-100. (『底なしの皿:なぜ一人分サイズという視覚的合図が摂取に影響を及ぼすか』)
- Mindless Eating: Why We Eat More Than We Think, Brian Wansink, Bantom Books, 2006, ISBN 0553804340. (『無意識の食事:なぜ思った以上に食べてしまうのか』)
- ブライアン・ワンシンク(Brian Wansink)、コーネル大学
- 経済学賞
- シエ・クオ・チェン(謝國楨、Kuo Cheng Hsieh)、台湾、台中市
- 2001年、銀行強盗に網を落して捕まえる装置の特許をとったことに対し。
- 参考:
- U.S. patent #6,219,959, granted on April 24, 2001, for a "net trapping system for capturing a robber immediately." (『強盗を即座に捕らえるネット式トラッピングシステム』の特許)
- イグノーベル賞委員会は受賞者を探したが、シエ氏の行方は全く分からなかった。しかし、授賞は台湾の新聞でも報じられHsieh氏は友人から受賞を知らされ喜び、現地台湾の新聞社とコンタクトを取った。その新聞社からの報せをe-mailで授賞式翌日に委員会が受け取った。氏は現在警備会社を経営しているため事前の消息確認が困難だった。(2007年10月10日付のSciAm podcastでのMarc Abrahams氏の談話による。 http://www.sciam.com/podcast/index.cfm?e_type=13 )
- シエ・クオ・チェン(謝國楨、Kuo Cheng Hsieh)、台湾、台中市
- 航空学賞
[編集] 評価
同賞の性質上、名誉と考える受賞者もいれば、不名誉と考える者もいる。脚光の当たりにくい分野の地道な研究に人びとの注目を集めさせ、科学の面白さを再認識させてくれるという点も指摘されている一方、イギリス政府の主任科学アドバイザー、ロバート・メイは1995年、「大衆がまじめな科学研究を笑いものにする恐れがある」と、イグノーベル賞の運営者に対しイギリス人研究者に今後賞を贈らないよう要請した。この主張に対し、イギリスの科学者の多くからは反発・反論が起こった。メイの要請にもかかわらず、1995年以後もイギリス人にはイグノーベル賞が贈られ続けている。
[編集] 歴史
「イグノーベル賞」という名称を最初に考案したのは、イスラエルの物理学者アレクサンダー・コーンであるといわれている。コーンは1955年に The Journal of Irreproducible Results (JIR) 誌を創刊し、1968年の同誌上で 'Ignobel Prize' という語を複数回使用している。また、コーンは JIR 誌の編集者であったマーク・エイブラハムズに実際にイグノーベル賞を設立することを勧め、1994年には共同で現在のイグノーベル賞を主催する Annals of Improbable Research (AIR) 誌を創刊している。
1997年、JIR 誌の編集者ジョージ・シェアは、商標侵害、詐欺、共謀などを理由としてエイブラハムズを訴え、また420万ドルの賠償金を求めた。これに対し、ノーベル賞受賞者のリチャード・ロバーツ、ダドリー・ハーシュバック、ウィリアム・リプスコムは、"Strategic AIR Defence Fund" (戦略防空基金 = 雑誌名 AIR と、防空 "air defence" をかけた洒落)を設立し、エイブラハムズを支援した。
[編集] 関連項目
- ステラ賞:米国の裁判で最も馬鹿馬鹿しいものに贈られる。
[編集] 外部リンク
[編集] 参考文献
- マーク・エイブラハムズ 『イグ・ノーベル賞』 阪急コミュニケーションズ。 ISBN 4-484-04109-X
- マーク・エイブラハムズ 『もっと!イグ・ノーベル賞』 ランダムハウス講談社。 ISBN 4-270-00091-0
- Steve Nadis, "Irreproducible pursues the improbable", Nature 389, 431 (1997).