鐘捲自斎
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鐘捲 自斎(かねまき じざい)とは、一刀流剣術の伊東一刀斎の師で有名な鐘捲流剣術の祖である。生没年は不詳。
鐘捲自斎通家は外他(とだ)姓を持ち、越前朝倉氏の剣術指南で、富田流の名人富田治部左衛門(富田景政)の門に入り、山崎左近将監、長谷川宗喜とともに「富田の三剣」と呼ばれた。その頃、外田(戸田)一刀斎と名乗ったこともあるという。後に自斎の弟子といわれる前原弥五郎がその一刀斎を譲り受け伊東一刀斎と名乗り、「一刀流剣術」を興した。また伊東一刀斎も、外田一刀斎を名乗っており、両者は同一人とする説もある。この説の根拠として、伊東一刀斎の高弟といわれる古藤田勘解由左衛門(古藤田俊直)が、自流を外他一刀流と名乗っていることと、自斎も一時自流を鐘捲外他流と名乗ったことによる。
いずれにしろ、「一刀流」は「鐘捲流」から出ている。自斎の弟子で有名なのは、この伊東一刀斎の外に佐々木小次郎がいるとされる。 (『歴史読本』昭和55年3月号所収光瀬龍「漂泊の剣客」参考)