那沙美 (敷設艇)
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艦歴 | |
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計画 | マル1計画 |
起工 | 1933年1月19日 |
進水 | 1934年3月26日 |
就役 | 1934年9月20日竣工 |
その後 | 1944年4月1日戦没 |
除籍 | 1944年4月30日 |
性能諸元 | |
排水量 | 基準:475.8トン、公試:538.3トン |
全長 | 73.00m |
全幅 | 7.50m |
吃水 | 1.954m |
機関 | 艦本式混焼缶2基 直立三段膨張レシプロ2基2軸 2,300馬力 |
速力 | 19.0kt |
航続距離 | 14ktで2,500浬 |
燃料 | 重油:19トン、石炭:44トン |
乗員 | 94名 |
兵装 | 8cm単装高角砲2門 13mm単装機銃1挺 爆雷18個、一四式防戦網1組、四号大掃海具1組 (もしくは八九式機雷120個) |
那沙美(なさみ)は、日本海軍の敷設艇。夏島型敷設艇の2番艇。
目次 |
[編集] 艦歴
1934年(昭和9年)9月20日播磨造船所にて竣工する。建造中に起きた友鶴事件のため、復元性能改善工事を実施。1938年(昭和13年)ころ、中国方面へ進出する。開戦時は佐伯防備隊の所属し同方面の対潜哨戒、機雷敷設、船団護衛などに従事。1943年(昭和18年)4月1日鎮海警備府に派遣、同方面での船団護衛などに従事する。同年末よりラバウル方面に進出し同方面で船団護衛に従事する。1944年(昭和19年)4月1日、ラバウルで空襲を受け沈没。同年4月30日除籍。
[編集] 参考文献
- 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第14巻 小艦艇Ⅱ』(光人社、1990年) ISBN 4-7698-0464-4
- 防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 海軍軍戦備<1> 昭和十六年十一月まで』朝雲新聞社、1969年