腹切り問答
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腹切り問答(はらきりもんどう)とは、日本の事件。割腹問答(かっぷくもんどう)ともいう。本会議中に立憲政友会の浜田国松代議士と寺内寿一陸相との間で起こったやりとりで、結果的に広田内閣の瓦解に繋がった。
[編集] 事件の概要
1937年(昭和12年)1月21日、第70回帝国議会において政友会の浜田議員が軍部の政治干渉を痛烈に批判する演説を行った。
これを聞いた寺内陸相は答弁に立って「或は軍人に対しましていささか侮蔑されるような如き感じを致す所のお言葉を承りますが」と険しい表情で反駁。ところが浜田に「私の言葉のどこが軍を侮辱したのか事実を挙げなさい」と逆に問われたため、「侮辱されるが如く聞こえた」と言い直した。それでも浜田は「速記録を調べて私が軍を侮辱する言葉があるなら割腹して君に謝罪する。なかったら君が割腹せよ」と激しく寺内に詰め寄った。これに寺内は激怒、議場は大混乱となった。
[編集] 結果
政府は天皇に裁可を仰いで収拾策を見出すために翌日より停会となった。寺内は「政党が時局に対して認識不足」として、政党に対し反省を求める意味で議会解散を強く広田弘毅総理に要求、解散しないなら辞職すると主張した。広田総理や海軍予算の成立を急ぎたい永野修身海相が説得に乗り出したが、寺内はこれに応じず、広田は閣内不統一を理由に総辞職した。