腸チフス
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腸チフス(ちょうチフス)は、サルモネラの一種であるチフス菌 (Salmonella enterica var enterica serovar Typhi) によって引き起こされる感染症の一種である。感染源は汚染された飲み水や食物などである。潜伏期間は7~14日間ほど。衛生環境の悪い地域や発展途上国で発生して流行を起こす伝染病であり、発展途上国を中心にアフリカ、東アジア、東南アジア、中南米、東欧、西欧などで世界各地で発生が見られる。日本では感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律で二類感染症に指定されており、感染症病院での治療が義務付けられている。また、以前は症状が似ているため発疹チフスや腸結核と同一の病気と考えられてきていた。だが、病原菌が全く違ったため別の病気だとわかった。一方、腸チフスと類似した疾患であるパラチフスは、チフス菌と同じサルモネラの一種であるパラチフスA菌ならびにパラチフスB菌 (S. enterica serovar Parathyphi Aとserovar Paratyphi B )による。
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[編集] 名称
日本において「チフス」と呼ばれる疾患には、この腸チフスの他、パラチフス、発疹チフスの3種類が存在する。このうち腸チフスとパラチフスはともにサルモネラに属する菌株による疾患であるが、発疹チフスはリケッチアの一種である発疹チフスリケッチア (Rickettsia prowazekii) による疾患である。これらの疾患は、以前、同一のものであると考えられ、いずれもチフスと呼ばれていた。
チフスという名称はもともと、発疹チフスのときに見られる高熱による昏睡状態のことを、ヒポクラテスが「ぼんやりした、煙がかかった」を意味するギリシア語 typhus と書き表したことに由来する。以後、発疹チフスと症状がよく似た腸チフスも同じ疾患として扱われていたが、1836年に W. W. Gerhard が両者の識別を行い、別の疾患として扱われるようになった。それぞれの名称は、発疹チフスが英語名 typhus、ドイツ語名 Fleck typhus、腸チフスが英語名 typhoid fever、ドイツ語名 Typhus となっており、各国語それぞれで混同が起こりやすい状況になっている。日本では医学分野でドイツ語が採用されていた背景から、これに準じた名称として「発疹チフス」「腸チフス」と呼び、一般に「チフス」とだけ言った場合には、これにパラチフスを加えた3種類を指すか、あるいは腸チフスとパラチフスの2種類のことを指して発疹チフスだけを別に扱うことが多い。ただし、英語に準じて腸チフスを「チフス熱」という呼ぶこともまれにある。
[編集] 感染経路
無症状病原体保有者や腸チフス発症者の大便や尿に汚染された食物、水などを通して感染する。これらは手洗いの不十分な状態での食事や、糞便にたかったハエが人の食べ物で節食活動を行ったときに、病原体が食物に付着して摂取されることが原因である。ほかにも接触感染や性行為、下着で感染する。胆嚢保菌者の人から感染する場合が多い。ネズミの糞から感染することもある。上下水道が整備されていない発展途上国での流行が多く、衛生環境の整った先進諸国からの海外渡航者が感染し、自国に持ち帰るケース(輸入感染症)も多く見られる。
[編集] 発症病理
詳細はサルモネラの項を参照のこと。
腸チフスは、サルモネラの一菌型(血清型)であるチフス菌の感染によって起こる。食物とともに摂取されたチフス菌は腸管から腸管膜リンパ節に侵入してマクロファージの細胞内に感染する。このマクロファージがリンパ管から血液に入ることで、チフス菌は全身に移行し、菌血症を起こす。その後、チフス菌は腸管に戻り、そこで腸炎様の症状を起こすとともに、糞便中に排泄される。
[編集] 症状
感染後、7~14日すると症状が徐々に出始める。腹痛や発熱、関節痛、頭痛、食欲不振、咽頭炎、空咳、鼻血を起こす。3~4日経つと症状が重くなり、40度前後の高熱を出し、下痢、または便秘を起こす。バラ疹と呼ばれる腹部や胸部にピンク色の斑点が現れる症状を示す。腸チフスの発熱は「稽留熱(けいりゅうねつ)と呼ばれ、高熱が1週間から2週間も持続するのが特徴で、そのため体力の消耗を起こし、無気力表情になる(チフス顔貌)。また熱性せん妄などの意識障害を起こしやすい。2週間ほど経つと、腸内出血から始まって腸穿孔を起こし、肺炎、胆嚢炎、肝機能障害を伴うこともある。
パラチフスもこれとほぼ同様の症状を呈するが、一般に腸チフスと比べて軽症である。
[編集] 予防、治療
弱毒生ワクチン(4回経口接種)と注射ワクチン(1回接種)が存在するが、日本では未承認。そのため日本国内でワクチン接種する際は、ワクチン個人輸入を取り扱う医療機関に申し込む必要がある。経口生ワクチンを取り扱っている医療機関は非常に少なく、輸入ワクチンを取り扱っている医療機関の多くは不活化である注射型のものを採用している。有効期間は経口ワクチンが5年、不活化Viワクチンが2~3年間程と言われている。そのほかは手洗いや食物の加熱によって予防できる。治療はニューキノロン系抗菌剤が多く用いられている。耐性菌を押さえるためにはシプロフロキサシンやトリメトプリムスルファメトキサゾール(ST合剤)を使用する。近年、バングラデッシュを中心に、治療耐性腸チフスが発生しているため、ワクチン接種が重要と思われる。ワクチンの効力が出るのは接種完了後2週間ほどしてからなので、現地での接種は賢明ではなく、国内で接種を完了することが薦められる。なお、経口生ワクチンを選択した場合、経口のコレラワクチン(新型コレラワクチン)の同日接種は6時間間隔をあけてからの服用が望ましいので注意が必要である。
治療後も1年間ほどチフス菌を排出する。
[編集] 関連項目
- メアリー・マローン: 世界で初めて臨床報告されたチフス菌の健康保菌者。腸チフスに感染していた。