武邑尚邦
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武邑尚邦 | |
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1914年11月20日-2004年8月19日 | |
諡号 | 浄楠院 |
生地 | 滋賀県栗東市伊勢落 |
没地 | 滋賀県栗東市伊勢落 |
宗派 | 浄土真宗本願寺派 |
寺院 | 真教寺 |
師 | 高楠順次郎 |
弟子 | 上山大峻、市川良哉、大野玄妙、北塔光昇、相馬一意 |
武邑 尚邦(たけむら しょうほう、1914年11月20日 - 2004年8月19日)は、東京大学仏教文化研究所で高楠順次郎に師事し、龍谷大学に奉職、因明学と真宗学を中心に研究を重ね、龍谷大学学長・浄土真宗本願寺派勧学寮頭を務めた仏教学者であり僧侶である。
[編集] 略歴
- 大正3年(1914年)11月20日 誕生
- 昭和15年(1940年) 龍谷大学研究科仏教学専攻卒業
- 昭和15年(1940年)-昭和18年(1943年) 東京大学仏教文化研究所へ内地留学
- 昭和24年(1949年) 龍谷大学助教授
- 昭和39年(1964年) 龍谷大学文学部教授
- 昭和45年(1970年) 龍谷大学文学部長
- 昭和47年(1972年)-昭和49年(1974年) 龍谷大学学長
- 昭和50年(1975年) 日本印度学仏教学会理事・浄土真宗本願寺派勧学・文学博士
- 昭和55年(1980年) 本願寺御正忌報恩講改悔批判・名誉侍真・日本学術会議第12期会員
- 昭和56年(1981年) 学校法人京都女子学園学園長
- 昭和57年(1982年) 龍谷大学名誉教授
- 昭和58年(1983年) 浄土真宗本願寺派勧学寮員
- 昭和61年(1986年) 勲三等瑞宝章受章
- 平成5年(1993年) 浄土真宗本願寺派宗学院院長
- 平成8年(1996年) 浄土真宗本願寺派勧学寮頭
- 平成16年(2004年)8月19日 往生
[編集] 主著
- 仏教に於ける思惟と実践 (1949年)
- 仏陀―新しき世界への出発 (1951年)
- 起信論入門 (1953年)
- 大乗起信論講読 (1959年)
- 危機と人間愛―新しき日のために (1959年)
- 教養仏教〈第1〉序説 (1962年)
- 経典解釈の諸問題 (1963年)
- 自覚と信仰 (1967年)
- 仏教論理学の研究―知識の確実性の論究 (1968年)
- 仏教入門―仏教を学ぶ人のために (1970年)
- 仏性論研究 (1977年)
- 十住毘婆沙論研究 (1979年) 百華苑
- 仏教思想辞典 (1982年) 教育新潮社 ISBN 9784763301062
- インド仏教教学―体系と展相 (1995年9月) 法藏館 ISBN 9784831873460
- 因明学―起源と変遷 (2000年) 法藏館 ISBN 9784831873248
- 大無量寿経講讃 (2005年) 永田文昌堂 ISBN 9784816221330