板倉重寛
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板倉 重寛(いたくら しげひろ、寛文9年1月1日(1669年2月1日) - 享保6年閏7月17日(1721年9月8日))は、江戸時代前期から中期の大名。信濃国坂木藩主、陸奥国福島藩主。板倉重種の長男。正室は亀井茲政の娘。子に板倉重泰(長男)。官位は従五位下、甲斐守。重昌流板倉家第4代。
1683年(天和3年)、父・重種が徳川綱吉の将軍就任に反対して信濃坂木藩に左遷され、隠居した後に家督を継承する。この時、2万石を分与して3万石となる。
1702年(元禄15年)、陸奥福島藩に転封。1717年(享保2年)、隠居し、家督を長男の重泰に譲る。1721年(享保6年)、53歳で死去。
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