帝王切開
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帝王切開(ていおうせっかい、英Caesarean section、米Cesarean section)は、子宮切開によって胎児を取り出す手術方法である。
医療業界では略して「帝切」、または「カイザー」、「C-section」などと呼ばれることもある。
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[編集] 語源
日本語訳の「帝王切開」はドイツ語の「Kaiserschnitt」の翻訳が最初と言われ、ドイツ語の「Kaiser=皇帝」、「Schnitt=手術」よりの訳語である。 語源として現在もっとも有力な説は、古代ローマにおいて妊婦を埋葬する際に胎児をとり出す事を定めたLex Caesareaにあるとされている。
さらに「Kaiserschnitt」の語源であるラテン語の「sectio caesarea」は「切る」と言う意味の単語二つが、重複している。これが各言語に翻訳されるにあたり、「caesarea」を本来の「切る」という意味ではなく、カエサルと勘違いしたのが誤訳の原因であるという説もある。
そのほかの現在は誤っているとされる語源の説として
- ガイウス・ユリウス・カエサルがこの方法によって誕生したということから。
- シェークスピアの戯曲「マクベス」の主人公の帝王が、「女の股から生まれた男には帝王の座は奪われない」との占いを聞き、大いに喜び自分がこの世の帝王だと信じていたが、あまりの圧制に反乱を企てた反乱軍のリーダーとの決闘の際この占いの話をしたところ、「俺は母親の腹を割かれて生まれてきた」と返された上で殺され、その反乱軍のリーダーが新たな帝王になった。という話から。
[編集] 歴史
元々古代ローマでは、分娩によって死亡した母体の体内から胎児を取り出すだけのものであった。
また、アフリカのウガンダ辺りの少数民族では、古来より帝王切開による分娩が行われていたという形跡も発見されている。
ヨーロッパでは19世紀頃に一般に行われるようになったが、初期の頃は帝王切開の手術予後はよくなく、80%以上の割合で施行後に妊婦は死亡していた。
20世紀に入り滅菌法が発見され、手術管理が徹底されることで完成し、産科学の土台とも言える手術として現在に至る。
日本で最初の帝王切開は埼玉県飯能市で1852年に、飯能の医者岡部均平と秩父市の医者伊古田純道により行われ、胎児は死亡したが、母体は助かり88歳まで生存した。
[編集] 適応
経膣分娩により母体または胎児の生命の危険性がある場合に適応となる。
適応となる状態は、急速遂娩が必要であるが経腟分娩ではそれが不能な場合、物理的な理由で経腟分娩が不能な場合、産道感染の危険性が高い場合がある。一般に以下のような状態が適応とされることが多い。
- 常位胎盤早期剥離
- 子宮奇形
- 前置胎盤
- 既往帝王切開後妊娠(⇒#帝王切開後経膣分娩)
- 児頭骨盤不均衡
- 胎位異常:骨盤位、横位、顔位、頤位など。骨盤位(逆子)はアメリカでは絶対適応
- 性感染症:HIV感染、性器ヘルペスの妊婦は絶対適応
- Non-reassuring fetal status:児の低酸素状態などが疑われ、急速遂娩を要するが鉗子適位に無く吸引分娩、鉗子分娩が不可能な場合。
- 分娩停止:微弱陣痛、軟産道強靭など。薬剤などによっても陣痛の増強が得られず、また吸引分娩、鉗子分娩が不可能な場合。
- 子宮筋腫核出などの婦人科手術既往がある場合。
- 判例に基づいた医療
[編集] 方法
- 膣式帝王切開
- 妊娠中期子宮内胎児死亡や中期中絶の際、過去に行われていた。現在はほとんど行われていない。
- 腹式帝王切開
- 現在最も一般的な方法。手術時間は通常1時間弱、長くても大抵2時間程度である。以下に術式の一例を記す。
- 皮膚切開
「縦切開(正中切開)」と「横切開」がある。旧来は「縦切開」が多かったが、現在では美容的観点より「横切開」が多くなっている。「横切開」は、皮膚割線に一致していることと、恥骨結合上縁の陰毛の上端辺りを切開するため、手術痕が目立ちにくい点があり、そのためビキニ着用も可能である。縦切開は若干手術操作が簡便であり、緊急帝王切開においては通常縦切開である。 - 皮下組織、筋膜、腹膜の切開
脂肪組織を切開し腹直筋鞘前葉を露出させ、切開後、白線と呼ばれる腹直筋筋膜中央に位置する筋膜組織から腹直筋を解離し腹膜を露出する。腹膜内帝王切開の場合、腹膜縦切開にて腹腔に入り、膀胱子宮窩腹膜切開した後に膀胱を下方に剥離し、子宮下部を十分に露出させる。腹膜外帝王切開の場合、腹膜切開をせずに膀胱を剥離する。 - 子宮筋切開
子宮頚部のやや上を横切開する(子宮体部下節横切開)。縦切開(古典的子宮体部切開)は帝王切開手術後の妊娠で子宮破裂を生じやすい。縦切開は前壁付着前置胎盤の場合、胎盤付着部を避けるときや妊娠30週未満の早期産のとき等に行われる。 - 胎児娩出
胎児を保持し、子宮底部を押す形で取り出す。臍帯は結紮(けっさつ、血流を止めること)し、速やかに児を手術室内で待機していた看護師・助産師・小児科医などに受け渡す。 - 子宮内容物除去
胎盤を含めた子宮内容物を取り除く。 - 子宮筋縫合
筋層は1~2層縫合する。膀胱子宮窩腹膜を縫合、閉鎖することが多い。 - 止血確認・腹腔内洗浄
子宮の縫合が終了したら、十分な止血を確認する。その後、腹腔内を温生食で洗浄し、子宮に癒着防止吸収性バリア(商品名セプラフィルム、インターシード)を貼付する。高価であるが腹膜癒着を防止する上で有効(保険適用)。 - 腹膜・皮下組織・皮膚縫合
切開の逆順序で縫合する。
- 皮膚切開
[編集] 予後
手術方法の完成により、帝王切開そのもので死亡する妊婦はほとんどないが、それでも母体死亡率は経膣分娩の4倍から10倍とされている。 また、術後の長期間安静により肺塞栓症の危険が高まる。そのため、早期離床、早期歩行(術後24時間以内)が原則である。輸液によりhemo-concentrationの予防もはかる。
[編集] 帝王切開後経膣分娩
過去に帝王切開での分娩を経験した妊婦は、以後大抵は普通の「経膣分娩」は行わずに帝王切開による分娩となる。過去に帝王切開での分娩を経験した妊婦の経膣分娩を「帝王切開後経膣分娩(vaginal birth after caesarean:VBAC)」といい、分娩中の子宮破裂の頻度がやや高くなる。そのため、VBACを行う場合はいつでも帝王切開を行える準備をしてから行われる(double set-up)。