小沢城
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小沢城 (神奈川県) |
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通称 | 天神山城 |
城郭構造 | 山城 |
天守構造 | なし |
築城主 | 稲毛三郎重成 |
築城年 | 平安時代末期 |
主な改修者 | 後北条氏 |
主な城主 | 小沢小太郎、 北条氏康 |
廃城年 | 不明 |
遺構 | 空堀、土塁、井戸、物見台 |
指定文化財 | なし |
再建造物 | なし |
目次 |
[編集] 概要
小沢城は多摩丘陵の先端に位置し、鎌倉道・矢野口の渡しを抑える交通の要衝、丘のふもとを三沢川が流れる要害の地。
鎌倉時代初頭、鎌倉の有力御家人稲毛三郎重成の子小沢小太郎の居城となる。
観応2年(1351年)、足利直義方の小沢城を、足利基氏方の高麗経澄が小沢城を攻め、焼失した。
享禄3年(1530年)には、小沢城から出陣した北条氏康が、北条領に侵攻した上杉朝興を迎え討つ小沢原の戦いが起こり、氏康が上杉勢を退け初陣を飾る。
戦国時代以降は廃城となり、現在、小沢城跡は緑地公園として保存されている。
[編集] 歴史・沿革
- 平安時代末期、稲毛三郎重成により築かれると伝わる(あるいは小沢小太郎が築城とも)。
- 観応2年(1351年)、足利直義方の小沢城を、足利基氏方の高麗経澄が攻め落とす。
- 享禄3年(1530年)6月、小沢城の北条氏康を上杉朝興が攻める小沢原の戦いが起き、初陣の北条氏康が勝利する。