坂倉芳明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
坂倉 芳明(さかくら よしあき、1921年 - )は、日本の経営者。元西武百貨店・三越社長。元日本百貨店協会会長。
東京都出身。1943年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、1946年三越に入社。主に企画・総務畑を歩み、取締役・常務に就任。松田伊三男社長の後継として岡田茂と並び称されるが、後継社長に岡田が就任すると真っ先に粛清の槍玉に挙がってしまう。結局1973年に三越を退社し、堤清二の引きで西武百貨店副社長に翌年就任。1977年からは社長に就任し、同様に岡田から疎んじられた三越時代の部下を起用して西武百貨店を一流百貨店のレベルにまで引き上げた(在任中には西武百貨店池袋店が三越本店を抜き、売り上げ日本一となるなど三越を意識していたと言われている)。
だが、堤との意見の相違から1984年に西武百貨店を退社、相前後して三越でも岡田が公私混同から社長を解任され、その収拾を図る役割を担われて常勤顧問として三越に復帰する。1986年に社長就任1995年からは会長を務め、経営の混乱の収拾には一先ず成功したが、バブル期に手がけたゴルフ場開発に失敗。446億円もの特別損失を計上し、1997年に会長を引責辞任。この結果、三越は98年度2月期決算で4年ぶりに赤字に転落。 翌年の99年7月には、坂倉氏が「21世紀のデパート!」と自慢した新宿三越南館が閉鎖。原因は販売不振。 三越に復帰し、社長・会長に在任した9年間の成果は、無借金経営だった三越を赤字にしたことだった。