但馬久美
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但馬 久美(たじま くみ、本名:林 久美子 <はやし くみこ>、1944年1月12日 - )は 日本のタレントで宝塚歌劇団卒業生(元花組・星組男役)、元参議院議員。
熊本県熊本市生まれの神戸市育ち、出身校山手学園高等学校、宝塚時代の公称身長167センチ、宝塚時代の愛称リン(ちゃん、姓に由来)。
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[編集] 来歴
高校卒業を待ち宝塚音楽学校へ進学、同校卒業後宝塚歌劇団50期生として1964年『花のふるさと物語』で初舞台。芸名については姓は但馬地方出身だった実父に因み、名は本名からつけたとのこと。同期に鳳蘭、大原ますみ、汀夏子らがいる。1965年、星組に配属。
星組では同期鳳トップ時代実質2番手男役のポジションにあった。1979年、瀬戸内美八の星組トップスター就任と共に花組へ組替え。その後は別格男役扱いとなる。
1981年、星組へ副組長として組替え。1983年再度花組へ組長として組替え。1986年まで花組組長を務めた。1986年に専科へ移籍。1988年古巣・星組公演『戦争と平和』(ナポレオン・ボナパルト役)を花道に宝塚歌劇団を退団。
退団後はニューヨークでの充電を経て、ストレッチ指導、OGイベントへの参加、講演活動などをしていたが、1995年参議院比例区に新進党から立候補して当選。1998年公明党へ移り議員活動をこなしていたが、2001年任期満了も再出馬せず政界を退く。
政界引退後はOGイベントを中心に自身のタレント活動のみならず日韓文化交流や古巣・宝塚の海外公演のサポートなども精力的に行っている。私生活では宝塚退団、政界進出・引退を挟み独身を通す。
[編集] 人物像
[編集] 宝塚時代
若手時代より当時の男役陣としては長身の体格と高い身体能力に裏打ちされたダンスで才覚を表した。芝居では主役を立てて一歩引いた役どころ、特に植田紳爾作品(アンドレ、アシュレなど)に当たり役が多かった。オフステージでは真面目で面倒見がよいアネゴ肌な人物だった。組子では鳳や松あきらに慕われ、歌劇団上層部(とくに植田)にも一目置かれる存在のタカラジェンヌであった。
[編集] 議員時代
[編集] 主な舞台歴
- 『花のふるさと物語』(1964年)※初舞台作品
- 『この恋は雲の涯まで』(1973年)乾王陵役
- 『虞美人』(1974年)劉邦役
- 『ブリガドーン』(1975年)ジェフ役
- 『ベルサイユのばらIII』(1976年)アンドレ役
- 『風と共に去りぬ』(1977年)アシュレ役
- 『誰が為に鐘は鳴る』(1978年)アグスティン役
- 『琥珀色の雨にぬれて』(1984年)ジョルジュ役
- 『愛あれば命は永遠に』(1985年)ボアネル夫人役 ※但馬の舞台歴としては珍しい女役
- 『戦争と平和』(1988年)ナポレオン役 ※退団公演
- その他在団中にソ連、パリ、ハワイなどの宝塚海外公演参加のキャリアは多い。
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