仲哀峠
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仲哀峠(ちゅうあいとうげ)は福岡県北東部の京都郡みやこ町勝山松田と田川郡香春町大字鏡山を跨ぐ100mほどの峠である。
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[編集] 地理・交通
[編集] 現道
みやこ町の西北端と香春町の東端に位置しており、峠の北側に障子ヶ岳(427.3m)、南側に大坂山(573.0m)がある。京築地域と筑豊地域を分かつ山地を越える峠の一つで、国道201号が通っている。この国道201号はかつてはヘアピンカーブが連続し、狭い仲哀トンネルをくぐる交通の難所であった。1960年代に旧道の麓に直線ルートで行橋~香春間を結ぶ新道が建設され、1967年には新仲哀トンネル(1220m)が完成し、それから40年後の2007年3月5日には3代目の新仲哀トンネル(1365m)が開通し、現在に至っている。
現在では2007年竣工の新仲哀トンネルしか通行出来なくなったが、一日20000台を越える自動車がトンネルを通過する交通の要所となっている。冬場は路面凍結や積雪でチェーン規制が出やすいため、通行の際は注意が必要である。
峠を越える公共交通機関として、行橋市と田川市を結ぶ西鉄バス筑豊の路線がある。峠の最寄り停留所はみやこ町側が「新仲哀トンネル」、香春町側が「呉」である。
[編集] 旧仲哀トンネル(1889年竣工)
みやこ町側では旧道がヘアピンカーブが続く道であるため七曲峠と呼ばれる。旧道沿いにある仲哀公園が桜の名所として整備されており、地元では有名である。旧仲哀トンネルは1889年に完成し、筑豊地方からの石炭輸送を担った。旧道も国道指定は解除されたものの引き続き残されているが、旧道トンネルは現在、落盤の恐れがあるとしてガードレールで閉鎖されており、通行することはできない。歴史的に重要な建造物として国の登録有形文化財に登録されている。旧トンネル入口上部の銘板には「道隧哀仲」と記されている。これは竣工当時、横書きの文字は現在とは逆に右から左へ向かって書いていたためである。